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パレスチナの声、イスラエルの声表紙写真

【著者からのコメント】

現地ルポ 『パレスチナの声、イスラエルの声』
 (岩波書店:2004年3月25日発売:定価 2,520円)

2004年3月25日
土井敏邦

前略

イスラエル軍に暗殺されたハマスの精神的指導者、アハマド・ヤシン師の3日間の喪が今日、明けます。パレスチナ人民衆の怒りと悲しみが具体的にどういうかたちで爆発するのか予想もつきませんが、今後、パレスチナ情勢がこれまでにない混沌とした状況になっていくことは間違いないでしょう。

ヤシン師暗殺の報道のなかで、ブッシュ大統領が「イスラエルはテロから自国を守る権利がある」とイスラエルの暴挙を擁護する姿を目にしたとき、私は言い知れぬ怒りがこみ上げてきました。「テロとの戦争」の名の下に、イスラエル軍によってどれほど多くの無辜のパレスチナ人市民が殺されてきたのか、またブッシュ自身が、同じ名目を振りかざすことでアフガニスタン、イラクでどれほどの一般民衆を殺戮してきたことか、まさにこの「国家によるテロ」を行なっている張本人たちがどうしてパレスチナ人を「テロリスト」と呼べるのか、と。ビルマのことわざにあるという「蟻が象に噛み付く」ことかも知れませんが、“ものを伝える人間”として行動を起こさなければという思いにかられます。

今日3月25日、9年ぶりに“パレスチナ”に関する拙著を出版します。『現地ルポ・パレスチナの声、イスラエルの声』(岩波書店)です。

本書は「インタビュー集」です。収録したインタビューの中で最も古いものは「オスロ合意」調印から2ヵ月後の1993年11月、最も新しいインタビューは2003年11月末で、ちょうど10年に渡っています。それは、パレスチナで和平の機運が高まっていた時期から始まり、その「和平合意」が挫折してインティファーダが再発、以後、イスラエルの力による弾圧と自爆テロなどによるパレスチナ人側の反撃が繰り返され、先が見えず混沌とした現在の事態に至るまでの激動の10年間でした。そのなかで、政治指導者、経済専門家、弁護士、大学の研究者、学生、難民キャンプの住民、ユダヤ人入植者、自爆攻撃実行犯の家族、自爆テロの被害者と家族、農民、商店店主、家屋破壊の被害者、イスラエル軍兵士、平和活動家などさまざま層のパレスチナ人とイスラエル人、双方へのインタビューを重ね、問題の根源はどこにあるのか、なぜ和平が実現できないのかを追求しようとしたものです。

「複雑すぎてわかりにくい」「日本人には遠くかけ離れた問題」といわれるパレスチナ・イスラエル問題を、どうすれば“同じ人間の普遍的なテーマ”“等身大の問題”として日本人に伝えることができるのか。それが二十数年、ジャーナリストとしてこの問題に関わってきた私の課題でした。そんな私が取材の現場でよく思うことは、「日本人の読者や視聴者をこの現場へ連れてきて、その緊迫した空気に触れてもらい、ここで生きる人々の生活をその目で見、その肉声を直接聞いてもらうことができたら、もうそれ以上何の解説もいらないのではないか」ということでした。つまり、関係のない遠い問題だと感じている読者を「もし、自分が彼だったら」「もし殺されたあの子供が自分の娘だったら」と想像せずにはいられない現場に立ち向かわせることができたら、と考えるのです。

もちろん現実に「読者を現場へ案内する」ことはできません。しかし、現場を実際取材する私たちが、十分にそのための素材を提供できれば、心理的に読者を「現場に立たせる」ことはできるのではないだろうか。それこそ私たち、“ものを伝える人間”の役割ではないかと思うのす。

これまでいくつかの方法で試みてきました。最初はルポルタージュという手法でした。現場に長期滞在し、市井の人々の日常生活とその肉声を詳細に記録することによって、彼らが直面する問題とその心情を浮かび上がらせ読者に伝えることに主眼をおきました。『占領と民衆――パレスチナ』、『アメリカのパレスチナ人』、『“和平合意”とパレスチナ』といったパレスチナ・イスラエル問題に関するこれまでのいくつかの拙著はその試作でした。

次は映像でした。活字からその世界へ入った私は映像の持つ力に圧倒されました。私の拙い文章の表現力ではとうてい表せない情報と臨場感が、視覚と聴覚の両方を通して瞬時に伝えられるのです。1993年秋、オスロ合意の直後から私はパレスチナの現場でビデオカメラを回し始め、やがてテレビのドキュメンタリー番組を通して“パレスチナ・イスラエル”を伝える活動に中心を据えるようになった。NHK「ETV特集」やTBS「報道特集」などが私の映像の主な発表の場となりました。

しかし「ものを伝えるのに最高の手段」だと思った映像にも短所はありました。テレビ番組という限られた時間の中で、当事者たちが語る生の言葉を十分に番組の中に反映できないことです。取材した各人1、2時間のインタビューのなかで、番組に使えるのはせいぜい1、2分、残りは結局、外に出ることはありません。だが、使われることのなかったそのインタビューの肉声の中には、映像の強さに劣らない“力”を持つものも多いのです。現場で生きる人々の生活と体験の中から発せられる肉声をできるだけ手を加えず素材のまま文字化し、その言葉が発せられる背景、発言者が置かれている状況をルポで補足することによって、読者を“パレスチナ・イスラエルの現場に案内する”ことができないか――これが「インタビュー集」である本書の執筆を思い立った動機でした。

本書は、パレスチナ・イスラエル問題の解決の道を読者に提示するものではありません。「解決の道」がそれほど簡単で単純なものではないことは、この問題と長く関われば関わるほど身にしみて思い知らされることです。ただ本書は、現在のパレスチナ・イスラエルの現状を現場で生きる人々の肉声を通して報告しながら、解決が難しい問題の争点はどこにあるのか、問題の根源はどこにあるのかを模索し、その模索の過程をそのまま読者に提示したものです。合い矛盾し対立する主張が並列されたままになっているのはそのためです。

ドキュメンタリー番組の制作を目的に取材した経緯から、本書に集録したインタビューはすべてビデオカメラで撮影取材したものです。基本的に撮影者も聞き手も私独りで、三脚に立てたカメラの横で私自身が質問をする形式をとっています。ただ取材相手がアラビア語やヘブライ語で答える場合、英語の通訳を通しているが、翻訳に正確を期すために、インタビューの直後、通訳に録音した内容を1センテンスごと聞きなおして英語に翻訳してもらい、それを私が日本語にしていくやり方をとりました。英語によるインタビューは、私自身がその録音内容を直接、これも1センテンスごとに日本語に訳した。翻訳と文章の整理・構成においては、発言者の表現のニュアスと内容をできるだけ壊さないように細心の注意を払いました。


第1章「自爆テロ」では、1996年2月のバス自爆テロから奇跡的に生還した女性とその両親の“パレスチナ人”観、“和平”観を伝えます。その一方、ガザ地区で自爆攻撃した青年の周辺の証言によって青年をその行動に駆り立てた理由を追い、またユダヤ人入植地と隣接した難民キャンプで銃撃に脅えながら暮らすパレスチナ人青年に、“自爆攻撃”への衝動を抱く若者たちの心情と置かれた環境を訊きます。さらにハマスの指導者がなぜ自爆テロを戦術に選ぶのかを語ります。

第2章「オスロ合意とパレスチナ自治政府」では、1993年9月のオスロ合意直後の民衆の熱狂が、パレスチナ自治政府の失政と合意そのもの欠陥のために状況が好転せず、失望へと変わって行くさまをガザ地区の政治指導者、人権弁護士、経済専門家らへのインタビューを元に報告します。

第3章「第2次インティファーダの勃発」では、パレスチナ人をインティファーダに駆り立てる要因の1つとなった2000年7月、イスラエルのバラク首相とアラファト議長による「キャンプディービッド交渉」の内容を紹介しながら、なぜ第2次インティファーダが起こったのか、それは1987年に起こった第1次インティファーダとどう違うのか、さらに今回のインティファーダはパレスチナ社会とイスラエル社会にどういう影響を及ぼしているのかを追います。

第4章「ガザの入植地」では、ガザ地区の西南部を占めるグシュカティーフ入植地地区で暮らす若い夫婦、パレスチナ人に夫や妻を殺された遺族たちに入植地で暮らす動機、“パレスチナ人”観、“和平”観と共に、イスラエル軍によるパレスチナ人側の被害に対する見方を訊きました。また入植地を守るために駐留するイスラエル軍予備兵の心情なども報告します。

第5章「ラファの家屋破壊」では、エジプトとの国境に隣接する家を破壊された2つの家族の実態と心情を伝える一方、なぜラファで大量の家屋破壊が起こるのか、イスラエル軍側の主張とパレスチナ側人権活動家の説明を紹介します。

第6章「分離壁」では、2002年夏からパレスチナの最大の問題として浮上してきた分離壁の現場を紹介します。ヨルダン川西岸でイスラエルと隣接するカルキリア市の郊外、ジャユース村では農地の87%が壁によって村から分断されました。壁によって生活手段を奪われていく農民たちの現状と声を伝えます。またカルキリア市を3方面から封鎖する分離壁が市民に与えた経済的、社会的また心理的な打撃を市長が解説します。一方、分離壁の理論的設計者やイスラエル人歴史学者らが、分離壁の意味をシオニズムの視点から分析します。

第7章「和平の可能性」では、自爆テロで娘を失ったイスラエル人遺族と、イスラエル軍によって息子を奪われたパレスチナ人遺族との“平和”を求める活動を紹介しながら、両者の“平和”観のズレを浮き彫りにします。また2003年春、新たな和平案として注目された「ロードマップ」に対するイスラエル人の政治家、ジャーナリストの評価を紹介し、また同じ年の秋に「ロードマップ」を補足するものとして「ジュネーブ合意」を発表したイスラエル人政治家にその内実を訊きました。さらに、パレスチナ内部が抱える問題、和平の障害をイスラエル人ジャーナリストやパレスチナ人の政治指導者たちに問いました。


第2次インティファーダ、ハマスの精神的指導者アハマド・ヤシン師の暗殺によって、いっそう混沌としてきたパレスチナ情勢が今後どうなっていくのかを予測する力は私にはありません。ただなぜこういう状況になってしまったのか、どこに問題の根源があるのかを、これまでの取材をもとに丹念に追ってみました。それが読者の方々に、先の見えない複雑な“パレスチナ”に関心をもっていただき、「テロリスト」というレッテルを貼られることで“占領”の最大の犠牲者であるという事実に眼を向けられないまま呻吟するパレスチナ人の理解のために一助になれば−− そんな祈るような願いをこめて、私の今の力を出し切って書き上げた著書です。

どうかこの本書ができるだけ多くの日本人の眼にとどくようにご協力いただけないでしょうか。周辺の方々への勧誘、販売にどうか力を貸してください。

3月25日  土井敏邦


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