「ナブロス日記」外出禁止令273日目:死の予感の浸透
 Nablus Diary, Day 273: Death in the air


(ラジオ局 Tariq Al Mahabbeh のスタッフによる「ナブロス日記」より)

Amer Abdehadi

死が身近に迫るとき、その感覚がいかなるものかを察する人々がいる。この感覚がパレスチナ人やイラク人に戻ってきている。死が再び広がっているのだ。

2002年4月、400以上ものイスラエル軍の戦車、装甲車、ブルドーザーそして多くの多くの旋回するアパッチヘリコプターがナブロスを急襲したとき、死の予感が人々の感覚に押し寄せてきた。これらの兵器には、できるだけ多くの破壊をもたらし、人々の命を奪うという軍事使命を担った兵士たちが満載されていた。その使命には、何の理由も、感情も見られなかった。

イスラエル軍によるこの襲撃は 19日間続いた。おびただしい数のパレスチナ人が、イスラエルによる銃撃やミサイル攻撃によって虐殺された、あるいは、破壊された家の瓦礫の下敷きになって埋もれたという噂が流れた。

我々のラジオ局であるRadio Tariq Al Mhabbehも、この軍事作戦中、スタジオが砲撃されたけれども、何が起きているのかというニュースを流そうとした。我々は、攻撃によって受けたその損傷を調べ、修理している間、一時間弱、我々が流したい情報を流すことができなかった。しかし、その代わりに、我々のコミュニティが常に新しい情報を入手できるよう、信頼のおけるアラブのマスコミのニュースを再送信し続けた。

外出禁止令は最終的に13日目に解かれた。しかし、外出禁止令が解かれたのはわずか2時間だった。砲撃、絶え間なく鳴り響く銃撃、アパッチヘリコプターの飛び交う音と空爆の間の2時間の中断だった。

現実が徐々にはっきりしてきた。その破壊は、巨大なものであった。パレスチナ人所有の車はつぶされるか、砲撃され、道路ブロックとして使われた。大きな建物は破壊され、街の商業地区の全体が、ぼろぼろになっていた。店々は、砲撃され、他の建物は、ただ単に破壊されていた。

負傷者はイスラエル軍によって、病院への搬送が妨害された。それらの人々は、イスラエル軍によって、出血多量で死ぬ羽目になったのだ。それらの人々は、生きることを拒否され、傷口からの流血のために、自らの命が衰えていくのを見る羽目になったのだ(その時間はとても長かった)。

瓦礫の下、救助隊が探すにつれて、遺体の数が、増えていった。かつて家であったところから、一家全体が発見された。そのうち、2人は助かったものの、13人が残酷に殺されていた。遺体が腐敗していたので、どのくらいの間、それらの人々が苦しんだのか、誰も分からなかった。

4月に終了したその軍事作戦の後、死者数は、78人を超えていた。それらのほとんどの人々は、無辜の民だった。

病院の遺体安置所は、遺体でいっぱいだった。攻撃が終わり、埋葬できる機会が訪れるまで、遺体を安置するための冷凍車が病院に寄付された。

攻撃が始まる以前ですら、緊張感が高まっていた。ナブロスのパレスチナ人は、イスラエル軍が街や自らの命を侵略することを知っていたのだ。

彼・彼女らは、イスラエル軍が家を急襲し、小さな部屋の中に、自分たちを閉じ込めている間、家を使い、痛めつけるだろうということを知っていた。そして、悪意ある軍隊の目がさらに浮かれたものになることを知っていた。

ナブロスの人々は、愛している人々や偶然知っている人々の幾人かを失うだろうということを知っていた。彼・彼女らは、自らの店や商売や家々を失うであろうということを知っていた。彼・彼女らは、自分たちが、かつて、決して経験したことがないほど苦しむであろうことを知っていた。しかし、彼・彼女らには、そんな出来事の中で、選択などなかった。彼・彼女らは、侵略行為や武装した軍隊から、自らの身を守ることすらできなかった。

イスラエル軍はいまだに、断続的に273日もの間、ナブロスに居座っているのだ。

ナブロスの人々は、今、死を予感している。人々は、同じような攻撃が再び起きるのではないかと心配している。無辜のイラクの民は、さらにひどい状況におかれているに違いない。

国際社会は、自らがとても弱く、そして壊れやすくなるまで、アメリカが執拗に操作し続けることを許してきた。

世界は見ている。しかし、それはとても無力だ。

Amer Abdehadi

Radio Tariq Al Mahabbeh, TMFM 97.7, 包囲下ナブロス

(翻訳:清末愛砂)

原文:Nablus Diary, Day 273: Death in the air


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