『こうして人々は路上に追いやられる』

ラファ・トゥディ(“Rafah Today”)より
ムハンマド

2004年1月8日〜1月20日

(ナブルス通信 2004.1.26日配信による)


ラファはパレスチナ・ガザ地区最南端のエジプト国境にある町です。その街に住むムハンマドさんは英語を学んでいる大学生。ひとりで “Reports from Rafah - Palestine”というウェブサイトを作り、ラファで日々行われている家屋破壊や銃撃の様子を文章と写真でレポートしつづけてきました。2004年になっても、依然としてラファは激しい攻撃にさらされています(これまでの状況については、『静かな<ジェニン>──ラファでゆっくりと進行している虐殺』[ナブルス通信 番外編 2003.12.31号]を参照してください)。しかし、日本を含めて世界のメディアは、この恐ろしい事態を一向に伝えようとしません。ムハンマドさん自身、先日の攻撃で手に怪我をしてキイボードを打つのもままならない様子ですが、「できるだけ多くの人に伝えてほしい」と、メールを送ってきてくれました。このメールと、ラファからのレポートを3日分まとめてアップします。[ナブルス通信]



世界が沈黙している中、破壊される家の数は日ごとに増えていく

ムハンマドさんからのメール:2004年1月24日

友人のみなさんへ

ラファは、パレスチナのほかの難民キャンプと同じ、世界各国の武器とブルドーザーで日々ひどい被害を受けている、典型的な場所のひとつです。戦争マシンは、住民たちの叫びなどまったく意に介しません。ウム・サミール・アブドゥルアルが「家から出るまで待って!」と頼んでも、ブルドーザーの運転手は耳を貸そうとしない。ウム・アマールが「子供を連れ出すまで待って!」と叫んでも、聞く耳を持っていない。家から出られなかったイブラヒーム・アブ・イサーの声も届かない。イスラエル兵に白旗を降れば撃たないでくれるだろうと考えた65歳のムハンマド・アル・サラナーンディの懇願の声も、聞こうともしない。僕はいまだに、ここで起こっていることに、何の意味も説明も見つけ出すことができません。これはパレスチナ人に対する戦争なのだろうか?いいや、そうじゃない。これは、人間そのものに対する暴虐行為だ。世界じゅうのテクノロジーが寄ってたかって、家で眠っている罪のない人たちに銃弾や砲弾を浴びせているのです。

真夜中の1時42分。これを書いている今も、砲撃と銃撃は続いています。街のいたるところで繰り広げられている犯罪行為……。イスラエル兵は、31歳の女性、モナ・アーメド・イスマイルを殺しました。モナは、パン屋で、子供たちと家族のためにパンを焼いているところでした。今、ラファの生活はたとえようもなくひどくなっています。どこを見ても、道端で眠っている人ばかり。どうか、僕の最新のレポートと一緒に、このニュースをみんなに伝えてください。以下のサイトに写真も載っています。http://www.rafah.vze.com

ムハンマド



こうして人々は路上に追いやられる

ラファ・トゥディ(“Rafah Today”)よりムハンマド

2004年1月8日

状況報告。今日もとても寒い。雨の中、イスラエル軍の監視塔から銃撃が続いていて、サラーム地区の住人が続々と家から避難しているところだ。今日、ラファ難民キャンプでは、44歳のマフムード・アル・クルドが殺された。まだ独り立ちしていない10人以上の子供があとに残された。

攻撃は依然継続中。イスラエル軍は、西ラファにあるジャベール・アブ・ショシャの家に砲撃を浴びせた。ほかにも、難民キャンプの南にある家が2軒、破壊された。続いて、ラファの入り口に近い軍事拠点から、さらに7台の戦車と2台のブルドーザーがやってきて、スルタン・アブ・スニーダとアブドゥル・アジズ・アブ・ショシャの家を破壊。また、同じ地区で、何軒かの家から住人を無理やりに追い出したのちに、一部を破壊した。

すでに徹底的なダメージを受けているガザ空港近くの地区でも、8台の戦車と2台のブルドーザーが暴れまわり、たくさんのオリーブとカシューナッツの木が押しつぶされた。また、家から逃げることができなかった女性と子供たちが、イスラエル兵につかまって、ひどく殴られた。

ブロックJ地区では、砲撃が続く中、2台のブルドーザーが、まだくすぶっている穴だらけの家の残骸の間で作業を始めている。瓦礫を、残った家の中に押し込んでいって、まるでそこには最初から家などなかったように見せかけようとしている。

ショウカ地区も状況は同じ。2日間にわたる攻撃で、31人が暮らしていた6軒の家が完全に壊され、3軒が部分的に壊された。この地区の中心部では今も破壊が続いている。

いつもと同じ、これらの攻撃には理由がない。イスラエル側の主張は「武器を密輸している違法なトンネルがあるから」ということだけれど、住人は、そんなものはないと言っている。ひとりは名前を出さないことを条件に、こんなふうに話してくれた。「この攻撃は、昔からこの地区に飲み水を提供してくれていた井戸を壊すことだ。連中は、井戸を壊すというためだけにやってきているんだよ。トンネルなんかじゃない」

*****

2004年1月14日

ラファ難民キャンプでの新たな犯罪。恐ろしく冷え込みのきつい雨の日。ブロックO地区で、イスラエル軍は10軒の家を壊し、住んでいた人たちを、避難所もない路上に追いやった。

アン・ナジャール病院の話では、「イスラエル軍は5人に怪我を負わせた。3人が子供で、2人が大人だが、その内のオサマ・アル・アトラーシュ(34歳)は、頭と脚に重傷を負っている」救急車の運転手はこう言っている。「ひどい雨で町じゅうが洪水状態になっていて、病院に運ぶことはもちろん、負傷した人たちのところにたどりつくのもたいへんだった」

そんなひどい天気の中、ホニーム一家も路上に追い出された。子供たちのために、あえて危険を冒して、家から毛布と衣類を取ってこようとしたホニーム家の主人は、イスラエル兵に暴行を受けた。

そう、これがラファの日常。どこも、家をなくした人だらけ。どこに顔を向けても嘆き悲しむ声が聞こえる。みんなの顔には苦しみがはっきりと見える。

いつものように、ごく普通の人たちが、世界各国のテクノロジーの被害者になっている。F−16戦闘機、アパッチ攻撃ヘリ、ブルドーザー、戦車−−どれもこれも、自由を唱える国々で開発されたものばかり。自由を唱えながら、開発した武器を、パレスチナで、ラファで、テストしているのだ。僕にはよくわからない。でも、何の罪もない子供たちの血を流すことで自分たちの安全を守るなんて、恥ずべきことじゃないだろうか。

ちょっと考えてみてほしい。家の前に、イスラエル軍が監視塔を建てたら、その家での生活はどんなものになるか……。その家はからっぽになる。兵士たちが、その家の住人をターゲットにして銃撃を浴びせつづけるから。夜には電灯を撃ち、給水タンクを撃ち、地下の水道管を壊してしまうから。住民は、どうしようもなくなって家を出ざるをえなくなる。そして、家はからっぽになる。

*****

2004年1月20日

数日にわたって最大規模の攻撃が続いている。東の端から西の端まで、ラファにはもう、イスラエル軍の攻撃の影響を受けていない家など残っていない。北の端から南の端まで、いったい何が起こっているのか想像もできないほどの惨状だ。まるで地震が襲ったように、どこを見ても壊れた家また家。3日前、イスラエル軍はアル・タウヒード・モスクの一部を壊していった。そして今日、残りの部分が完全に破壊された。

2日前には、モラーヘ入植地近くの家が3軒と、ほかにも数軒の家が破壊されて、アル・ジャリーアとアル・マラハイ家の子供たちが寒空のもとに取り残された。イスラエル軍はまた、同じ地区のオリーブの木と養鶏場、羊牧場をめちゃくちゃにした。

イスラエル軍がラファからいったん引き上げて数時間後、パレスチナ人権センターは、国際社会に対して、ラファでのイスラエル軍の振る舞いに断固たる措置を取るようにとアピールを出した。完全に破壊された家、10軒。怪我をした人、大勢。部分的に破壊された家、5軒。パレスチナ人権センターが指摘しているように、破壊された家の数は、ラファが一番多い。このイスラエルの家屋破壊政策は国際人権法に反する戦争犯罪だが、国際社会は、これに対して何もしようとせず、おかげでイスラエル政府の犯罪行為はエスカレートする一方だ。

昨夜、ラファの北西部で、15歳のイェーヒア・イブラヒーム・カンディールとその兄で17歳のアリ、27歳のムハンマドが、イスラエル兵士にひどい暴行を受けた。アン・ナジャール病院の医療スタッフの話では、3人とも脚と腕の骨が折れているという。その前に、外国の武器で武装したイスラエル軍は、大々的な砲撃をして、20軒以上の家を破壊し、少なくとも6人が怪我をした。戦車とブルドーザーの部隊はほんの2時間前に引き上げていったばかり。あとには、めちゃくちゃになった家と怪我人、そしてテント住まいをする大勢の人が残された。

コンピュータの前に坐ってこのレポートを読むのは簡単だろうけれど、でも、ちょっとだけでも想像してみてほしい。家を失ったこの子が、あなたの子供だったら、君の兄さん姉さんだったら、と。

イスラエル軍は、ブロックO地区から引き上げた数時間後に、また別の地区で新たな攻撃を開始。タル・アル・スルタン地区では、午後4時37分現在、まだ攻撃が続いている。怪我をしたのは−−ムハンマド・マフムード・ムーサ(12歳)、ムハンマド・アブドゥルマジード・アブ・デバーン(9歳)、ムハンマド・ダルウィーシュ・サケール(9歳)、そして名前がわかっていない年配の女性がひとり。アン・ナジャール病院の話では、みんな、体のあちこちに重傷を負っている。医療スタッフは、タル・アル・スルタン地区の子供たちが怪我をしたのは、おもちゃのように見える爆弾のせいだと考えている。

UNRWA (国連パレスチナ難民救済事業機関)の調査結果。これまでに壊された家は−−ハーメド・ケシュタ、ムハンマド・ケシュタ、イブラヒーム・ケシュタ、ハマーダン・ケシュタ、ムハンマド・S・ケシュタ、サイード・ケシュタ、ファーリド・ケシュタ、ヒシャム・ケシュタ、マスード・ケシュタ、サイード・S・ケシュタ、フッサーム・アル・シャイール。ほかにも、今のところ持ち主の名前がわかっていない家が何軒か。今回の攻撃を通じて、完全に破壊された家、31軒。部分的に破壊された家、5軒。ほかにも、木と給水設備、電気と電話の線が損傷を受けた。

ラファの人たちは、世界に向けて、ここで起こっていることをやめさせてくれと訴えている。ウム・サミール・アブドゥルアルは、瓦礫の山になってしまった家の残骸に坐り込んで泣きながら、空に向かって両手を挙げた。「私たちにこんなひどいことをするなんて、これが違法なことじゃないとでも言うの? 私が何をしたと言うの!?酔っ払ったブルドーザーの運転手は5分もかけないで私の家をこんなふうにしてしまった! アラブの仲間はどこ? 人権はどこにあるの?世界の人たちはどこにいるの? 嘘つき連中は、いったいどこにいるのよ?」

ウム・サミールはさらに、友人である各国のジャーナリストたちにも怒りの声を投げた。「あなたたちは、いったいここで何をやっているの!?あなたたちはみんな商売人よ。ここに来たのは自分がもうけるため。平和や正義のためなんかじゃない。そうやって、いっぱい写真を撮っているけど、その写真が私たちに何をしてくれると言うの!? イスラエルの攻撃は、ひどくなっていくだけじゃないの!」

ウム・アマールも自宅の残骸の間に坐り込み、自分と家族の身に起こったことに涙がとまらない。「あいつらは家を壊した。家具もメチャメチャにした。息子を殺して、その子供まで撃った。私たちみんなを、この世から消してしまおうとしている。いったい何を考えているんだろう……。私はどこに行けばいいの? UNRWAがテントをくれるのを、赤新月が毛布をくれるのを、待っていろって言うの?そんなもの、私はほしくない。ほしいのは、自分の家。それだけよ。今は、この石の間で寝たい。ここから離れたくない。死ぬのなら、ここで死にたい……。私はここから離れない。絶対に離れない。イスラエルの人たちは1948 年に私たちの客としてやってきて、私たちはできるかぎりのことをして迎えてあげたのに、そのお返しがこれだって言うの!?私たちが家をなくして、客が私たちの土地の持ち主になったって言うの!?ええ、絶対にここを離れるもんですか。死ぬ時には、これまでずっと坐ってきた、この家のこの隅で死にたい」

これがラファ難民キャンプの生活だ。イスラエル軍は、動いているものなら何だって−−動物だって撃つ。ここは世界の終わりの土地。真実が殺されている土地。彼らは真実を殺した。トム・ハンドール*1を、レイチェル・コリー*2を、ジェイムズ・ミラー*3を殺した。

翻訳:山田和子


※以上は、ラファに住むムハンマドさんによるウェブサイト “Reports from Rafah - Palestine” http://www.rafah.vze.com/ の中の“Rafah Today”よりムハンマドさんの許可を得て訳出しました。上記サイトにはムハンマドさん自身による写真が文章とともに掲載されています。このほかのムハンマドさんの文章の訳文は、このサイトの top menuから「Rafah update」を参照してください。

※※ラファの町を含むガザ地区の地図
http: //www.palestinercs.org/images/Maps/gazamaplg.jpg

※※※攻撃による死者・負傷者の名前、年齢などは、確認できたものについては基本的にパレスチナ人権センター(PCHR)レポートに掲載されたものを使っています。

ラファについての総合情報「特集:絶え間ない攻撃にさらされる街、ラファ」
http://palestine-heiwa.org/tmp/rafah/031015.html


[編集部註]

*1 ) トム・ハンドール=Tom Hurndall
イギリス人。2003年4月11日、ISM(国際連帯運動)のメンバーとしてラファで活動中、イスラエル軍の銃撃から子供を助けようとして、イスラエル兵に頭部を直撃され、脳死状態になった。2004年1月13日、意識が戻らないまま、ロンドンの病院で息を引き取った。

*2 ) レイチェル・コリー=Rachel Corrie
アメリカ人。2003年3月16日、ISM(国際連帯運動)に参加してラファでの家屋破壊をとめる活動をしていた時、イスラエル軍のブルドーザーに轢き殺された。

*3 ) ジェイムズ・ミラー=James Miller
イギリス人。ビデオジャーナリスト。2003年5月3日、ラファで、トム・ハンドール狙撃事件の取材とともに、ラファ難民キャンプのドキュメンタリーを撮影している時に、イスラエル兵の銃撃を受けて死亡した。

(編集責任:ナブルス通信

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