パレスチナ情報センター > 特集:「平和と繁栄の回廊」構想

JICA(国際協力機構)のヨルダン渓谷開発提案に対する意見書

この文章は、日本政府とJICAが主導する「平和と繁栄の回廊構想」のヨルダン渓谷開発提案に対し、パレスチナのNGO「ストップ・ザ・ウォール・キャンペーン」が発表した意見書です。

ストップ・ザ・ウォール・キャンペーン
2007年11月

Stop The Wall Campaign http://stopthewall.org
原文:【PDFファイル】The Japan International Cooperation Agency's development proposals for the Jordan Valley (約677KB)
November 2007

Contents

はじめに

日本の国際協力機構(JICA:Japan International Cooperation Agency)が、パレスチナのヨルダン渓谷で、広範な開発プロジェクトを計画・実施している。JICAが表明しているところでは、プロジェクトの目的は、ヨルダン渓谷の経済開発と、パレスチナ-イスラエル間の協力関係を推進することにあるという。

このプロジェクトには、以下で検討するように、いくつかの根本的な問題がある。主要なポイントは、

ヨルダン渓谷開発の背景

地理・政治・経済的背景

Map1 ヨルダン渓谷

◇Map 1:ヨルダン渓谷
西岸地区の東側一帯を占める白色部。はユダヤ人入植地。

ヨルダン渓谷は豊かな農業地帯として西岸地区の主要な都市圏を支えつづけてきた。ヨルダン川沿いの一帯で生産された農産物は遠い昔からアラブ世界全域に流通していたが、これが、1967年、イスラエルの占領によって突然中断させられてしまった。

ヨルダン渓谷は西岸地区の30%を占め、南は死海、北はビサーンまで広がっている。西岸地区の東端を流れるヨルダン川から西の一帯は、西岸地区を南北に走る丘陵地帯となっている。

全2400平方キロメートルのうち1200平方キロメートルがユダヤ人入植地の支配下にある。また、全体の約44%が軍事封鎖地域として収用されており、パレスチナ人が農業や居住に使用できる地域は、全域のわずか6%でしかない。

ヨルダン渓谷に常住しているパレスチナ人は、エリコの住民を含めて5万2000人。ほかに、渓谷の土地の所有者で、西岸地区全域のあちこちの町で暮らしている人たちがいる。多くは、農作業のシーズンになると西の丘陵地帯から移動してきて渓谷で生活し、自分の畑で農作業に従事する。居住地域はエリコに集中していて、ほかに24の村と数十のベドウィンの集落がある。

1967年以来の土地収奪と植民地化

1967年、イスラエルはヨルダン渓谷を占領下に置くと同時に、全域を軍事封鎖地域とすると宣言した。ヨルダン渓谷は今日のように封鎖され、渓谷の「住民」として登録された者だけが午前6時から午後6時に限って検問所の通過を許されることになった。アル・ヒンマ、アル・カーウーン、エイン・アッスルターン、アブ・アル・ジャージュ難民キャンプの住人は全員、自分たちの土地から追い出された。ヨルダン川に沿った約650平方キロメートルの土地が収用され、フェンスで囲われて、ここに住んでいた数千人が強制的に立ちのかされてしまったのだ。フェンスに囲われた数十万ドゥナムのパレスチナの土地は完全に封鎖された。

水を引くことのできる肥沃な土地はほぼすべてヨルダン川に近いエリアなので、パレスチナの農業は決定的な打撃を受けた。何世紀にもわたってこの地で牧畜に携わってきた人たちは、家畜に草を食べさせることができなくなった。それまで大勢の人で賑わっていたワディ・アル・マーレフ温泉の観光業も、軍事封鎖地域の宣言を受けて、終焉を迎えることになった。

アパルトヘイト・ウォール(隔離壁)

ヨルダン渓谷の隔離壁は、東のヨルダン川から西のアル・マタリー村(ジェニン地区)まで続いており、これによって、バルダラの4000ドゥナム (4平方キロメートル)の土地が孤立している。ほかの個所ではパレスチナ人のアクセスを維持するとして設置されているゲートも、この部分にはいっさいない。タムーンから西に8キロ、トゥバスとベイト・ダジャンの間では、5キロにわたって塹壕が掘られており、サヘル・リブケアの農民は自分たちの農地に行くことができなくなっている。

検問所

ヨルダン渓谷への出入りは、渓谷地域に入る幹線道路にある5つの大きな検問所でチェックされている。現在、検問所が開いているのは午前6時から午後9時まで。2002年から、検問所を通過できるのはヨルダン渓谷住民として公式に登録されている者(イスラエルが一方的に付与した IDカードに記されている者)だけになり、さらに、2006年4月からは、公式に登録されたヨルダン渓谷住民で、しかも30歳以上の者しか通過できないようになった。こうしてヨルダン渓谷の住民は完全に孤立し、西岸地区の都市圏、市場、公的機関や基本的な社会サービスから切り離されてしまった。

住居と生活状況

1967年以降、パレスチナ人による家屋の新築と増築が禁止された。オスロ合意(1993年)後、イスラエルは、パレスチナ人が住むことのできる場所を11平方キロメートルにまで縮小した。これはヨルダン渓谷全体の0.5%にも満たないものでしかない。エリコとアル・アウジェだけがA地区、バルダラ、エイン・エル・ベイダ、マルジュナージ、ズベイダート、ファサーイルがB地区とされた[訳注]。パレスチナ人の住宅建築に関するこの制限は自然の人口増をまったく考慮していないもので、40年にわたって狭い居住エリアで人口が増えていくとともに、人口の過密は極めて大きな問題となっていった。

[訳注]A地区は行政権と警察権がともにパレスチナ自治政府の管轄下にある。B地区は行政権のみ。C地区はどちらもない。

C地区のパレスチナ人の村々はどこも頻繁な家屋破壊をこうむってきた。2005年だけでも、22軒の家屋がイスラエルによって破壊されている。

エリコを唯一の例外として、パレスチナ人による電気・通信ラインの敷設はいっさい認められていない。C地区のパレスチナ人は、それぞれの村に電気や水道を引くことも、家や病院や学校を建てることも許されていない。電気・水道といった基本的な設備すらないままに取り残されている村がいまだに存在しているのだ。エリコとアル・アウジェの次に大きな町であるジフトリックにも電気がなく、ファサーイルとマルジュナージには飲料用の水道施設がない。

ヨルダン川沿いの軍事封鎖地域とされた一帯では、ヨルダンの統治時代に162に及ぶ農業用水プロジェクトが進められていたが、 1967年から、パレスチナ人はこの農業用水をいっさい利用できなくなり、何千人もの人が生活手段の根幹を奪われた。イスラエルは一連の水政策を着々と実行していき、結果、パレスチナ住民は極度に水が足らない状態に追い込まれることになった。1967年以降、パレスチナ人はヨルダン川からの取水(年間2億 5000万立方メートルが割り当て分となっていた)を禁じられる一方、イスラエルは入植地向けに、取り決められた割り当て分をシステマティックに増やしていった。イスラエルは、井戸の掘削とメンテナンスを国営のメカロート社(Mekarot)の独占に委ね、パレスチナ人に対しては、新たな井戸を掘ることも古い井戸を作り直すことも禁止した。パレスチナ人が掘った井戸は、今もしばしばブルドーザーで破壊されている。また、イスラエルは2002年に2つの巨大な貯水池(80万立方メートルと280万立方メートル)と数百の貯水タンク(最大3000立方メートル)を建造したが、これらは、冬季にヨルダン川と死海に流れ込む支流と湧水から取水しており、ヨルダン川と死海の生態系に深刻な影響をもたらすことが懸念されている。イスラエルは、戦略的に重要な水資源を有する丘陵地帯沿いのほとんどの地域を軍事封鎖地域と宣言。水量の多いパレスチナ人の井戸の大半はこの地域にあり、そこに行けない村々の住人は、今もこれらの井戸を使うことができない。パレスチナ人は否応なく、イスラエルと国営企業であるメカロート社から高い水を買うことを余儀なくされている。

[訳注]水資源の収奪状況に関しては、以下を参照。
特集:パレスチナにおける水問題(パレスチナの平和を考える会)

農業と市場

1967年以降、パレスチナの農業はシステマティックな攻撃にさらされてきた。ヨルダン川沿いの農業は壊滅し、アラブ世界の市場からも切り離されてしまった。年月がたつとともに、ヨルダン渓谷の農業部門は、イスラエル経済を主要な輸出パートナーとして受け入れざるをえなくなり、これがさらなるイスラエルへの依存と植民地化を助長していった。

イスラエルの入植地は政府の補助を受けており、入植地の農産物はたやすく世界の市場に流通する。この入植地の農業が、イスラエルに強要された水不足とインフラの欠如に苦しむパレスチナの農業にとって、さらに大きな脅威となっている。2000年に第2次インティファーダが始まると、イスラエルは、最も入手しやすい化学肥料と農薬を使わせないよう、検問所を通さなくなった。種子の持ち込みも長期にわたって妨害し、この結果、パレスチナ人が生産できる作物の種類も、耕作できる土地も、農民が得られる収入も、大幅に制限・低減されるに至っている。

西岸地区の市場(ナブルス、ジェニン、ラマッラー、エリコ、エルサレム、へブロン)に農産物を運ぶのは、幹線道路がすべて検問所でブロックされているため、極めて難しい状況にある。ヨルダン渓谷の農産物は、1948年時のパレスチナ領(現イスラエル領)内の市場からも、段階を経て徐々に切り離されてきた。バルダラ検問所は今では完全に閉鎖されている。

あらゆる方向からパレスチナの農民に対する圧力がかかっている。ヨルダン渓谷住民以外のパレスチナ人労働者は、もはやヨルダン渓谷内の農作業地に行くこともできない。許可証を得てヨルダン渓谷で働こうとすれば、入植地の農場に雇われるしか方法はない。土地の所有者ですら、住民として登録されていなければ自分の土地に行くことができないのだ。パレスチナの農産物に対して市場は閉ざされている。その一方で、イスラエルは入植者との「ジョイント」ベンチャーや「協業」という形の就労形態を提示し、依存関係を作り出して、パレスチナ農民の自律性をなきものにしようとしている。

教育と保健

現在ヨルダン渓谷にある学校は生徒数が多すぎて教室が足らない状態にある。学校まで何時間もかけて来なければならないという生徒も少なくない。ファサーイルでは、地元民によってこの夏(2007年)に建設された学校を11月29日に取り壊すというイスラエルの通告を受けた。ヨルダン渓谷には、エリコを除いて、通常の診療を受けられる施設が存在しない。救急医療はいっさい受けることができず、わずか5つの村で1週間に2日、1時間限りの診療が受けられるだけの状態である。

入植地

1968年、エイン・エル・ベイダ村の土地に、ヨルダン渓谷で最初の入植地、メホラが建設された。難民の資産の没収を可能にする「不在地主資産法」を口実にしてのことだった。現在は25の入植地に6200人あまりの入植者が住んでいる(資料B参照)。イスラエルはヨルダン渓谷の入植者全員に、水道・電気・電話(通信)・運搬費を75%引きで、農業用水と教育は無料で提供している。入植者1家族につき、パレスチナ人から不法に奪い取った70ドゥナム(7万平方メートル)の土地と2万ドル(約200万円)の現金が長期ローンで供与される。しかし、これだけの特典を付与しているにもかかわらず、ここ数年間で入植者の数は減少している。

だが、入植者数は少なくなっているにもかかわらず、パレスチナの土地の植民地化は進行しており、イスラエルは軍事封鎖地域のかなりの部分を入植地用の農地にしつつある。ヨルダン川沿いの土地の農地化は数年前に始まり、数カ月前に電気系統の整備が行なわれた。

イスラエルのヨルダン渓谷開発の意図

JICAの提案は、ヨルダン渓谷に対するイスラエルの政策に即して理解する必要がある。イスラエルは1967年以降、国連決議と国際法に違反してヨルダン渓谷を占領しつづけている。

オスロ合意により、1994年、暫定措置という名目のもとで、イスラエルに対し、ヨルダン渓谷の統治権が認められた。イスラエルはこの機に乗じ、大量の入植者をヨルダン渓谷に送り込んで入植地の数と人口を増やしていった。これは、占領側のこうした大量の人口移動を明白に禁じているジュネーヴ第4条約に違反している。

イスラエルのヨルダン渓谷政策は1967年以来一貫している。ヨルダン渓谷はイスラエルにとっての「第2のバックボーン」として併合しなければならないという、この姿勢は、1994年以降、歴代のイスラエル首相によって公式に表明されている。

イツハク・ラビン首相は1995年にこう語っている。「我々は1967年6月4日の停戦ラインに戻るつもりはない……イスラエルのセキュリティボー ダーは、最も広い意味でとらえた場合のヨルダン渓谷に置かれることになる」(原注1) ベンヤミン・ネタニヤフ首相の1998年の言は、「最大の重要事はヨルダンとの国境のセキュリティの保全であり、ヨルダン渓谷とその大半を占める丘陵地帯の統治体制を強化することである……すでに何度も強調してきたように、ヨルダン渓谷のユダヤ人入植地を切り離し孤立させるつもりは毛頭ない。逆に、入植地はいくつかのブロックに統合され、セキュリティ地域と緩衝ゾーンが作られることになるだろう。これらの地域は、今後とも、我々の統括下に置かれつづけなければならない」(原注2) アリエル・シャロン首相は2003年、300キロメートルの壁を建設することで、ヨルダン渓谷を西岸地区から分離させると宣言した(原注3)。2004年には、当時財務大臣だったベンヤミン・ネタニヤフが、西岸地区の入植地への財政支援を大幅に増大する計画を発表(原注4)。エフード・オルメルト首相は2006年に、たとえ西岸地区のほかの場所から撤退することになってもヨルダン渓谷の統治権は保持しつづけると語り、「イスラエル東部のボーダーの統治権を放棄することはありえない」と述べている(原注5)。

原注1 【PDFファイル】Speech by Yitzhak Rabin to the Occupation's Knesset on the ratification of the Israeli-Palestinian interim agreement (Palestine: 5 October 1995)
イスラエル-パレスチナ自治拡大協定(オスロ2)の批准に関して、イスラエルの国会でイツハク・ラビンが行なったスピーチ(パレスチナ:1995年10月5日)

原注2 The Israeli Occupation's Foreign Ministry, "Comments by Prime Minister Netanyahu on the current political situation", Israeli Government website (Palestine: 2 June 1997)
イスラエル政府/外務省「現在の政治状況に関するネタニヤフ首相のコメント」 イスラエル政府Webサイト(パレスチナ:1997年6月2日)

原注3 Adri Nieuwhof, "Israel plundering the Jordan Valley", The Electronic Intifada (Palestine: 7 September 2007)
アドリ・ニューホフ「ヨルダン渓谷を略奪するイスラエル」田村なおみ訳(パレスチナ:2007年9月7日)

原注4 James Bennet, "Israel Planning Big Investment in Settlements on West Bank", The New York Times newspaper (New York, United States: 20 April 2004)
ジェイムズ・ベネット「西岸地区の入植地に対するイスラエルの大規模投資計画」 ニューヨークタイムズ(ニューヨーク、アメリカ:2004年4月20日)

原注5 Chris McGreal, "Israel excludes Palestinians from fertile valley", The Guardian newspaper (London, UK: 14 February 2006)
クリス・マクグリール「肥沃な渓谷からパレスチナ人を排除するイスラエル」 ガーディアン(ロンドン、イギリス:2006年2月14日)

こうした方針に基づいて、2005年6月、農業大臣のイスラエル・カッツは、2007年末までにヨルダン渓谷の入植者を倍増させる「2200万ドル計画」を発表。この計画を実行に移すために、発表後ほとんど時間を置かず、パレスチナからさらに広大な土地を接収した(原注6)。イスラエル政府は、ヨルダン渓谷を、海外資本を誘致するための「特別A地区」に指定した(原注7)。

原注6 Applied Research Institute, "The ongoing Israeli violations in the Jordan Valley!" (Jerusalem, Palestine: 14 January 2006)
アプライド・リサーチ・インスティテュート「ヨルダン渓谷で行なわれているイスラエルの侵犯行為」(エルサレム、パレスチナ:2006年1月14日)

原注7 The Israeli Occupation's Ministry of Industry, Trade and Labor, "Investment incentives in the Law for the Encouragement of Capital Investment" (Tel Aviv, Palestine: 2007)
イスラエル政府/産業・商業・労働省「資本投下推進法における投資のインセンティヴ」(テルアヴィヴ、パレスチナ:2007年)

このように、国際法を侵犯してヨルダン渓谷の入植者数を増やし、この地域の占領の継続・平常化を図るイスラエルの意図は、公の記録にも残されている公然の事実だ。だが、さらなる植民地化の施策は、イスラエルが望んでいるように順調に進んでいるわけではない。ヨルダン渓谷での居住(原注8)と農業(原注9)に対する大規模な補助金と、目に見えて広がっている入植者用住居建設計画の進展にもかからわず、入植者数はここ数年で横這いないしわずかに減少(原注10)という結果となっている(資料B参照)。

原注8 Jamal Juma, Palestinian Grassroots Anti Apartheid Wall Campaign, "The Eastern Wall: Closing the Circle of Our Ghettoization", ZMag (Ramallah, Palestine: 24 December 2005)
ジャマール・ジュマ、パレスチナ反アパルトヘイト・ウォール草の根キャンペーン「東部の壁:我々をゲットーに閉じ込める輪が閉じる」 ZMag(ラマッラー、パレスチナ:2005年12月24日)

原注9 Applied Research Institute, "The ongoing Israeli violations in the Jordan Valley!" (Jerusalem, Palestine: 14 January 2006)
同前(原注6)

原注10 Data from organizations working on the ground in the Jordan Valley, and from the Occupation's Central Bureau of Statistics is incomplete. However anecdotal evidence supports the figures that are available, which suggest that there has been no sharp rise in the number of settlers.
ヨルダン渓谷の現地で活動している機関・組織のデータ、および、イスラエル政府中央統計局のデータ(不完全)より。厳密なデータでないとはいえ、入手できた数値を補佐してくれる諸々の話から、入植者の数が急激に増加していることはないと判定してよいと思われる。

以上のように、JICAの提案を支援するイスラエルの意図は、植民地化という文脈のもとでとらえられなければならない。イスラエルがJICA提案のような合同プロジェクトに参加するのは、何よりも「それが平常である」という印象を作り出し、ヨルダン渓谷にさらに多くの入植者を送り込めるようにすること、そして、この地域で不法に行なわれているイスラエルのビジネスへの物質的・財政的支援に「正当性」を付与するところにある。

別の方針を設定する:人道支援、開発援助、政治

基本原則

パレスチナの貧困は、パレスチナ人が行なってきた経済政策が誤っていたからではなく、現在も続いている占領の直接的な結果である。人道支援、開発援助は、この点を考慮に入れる必要がある。国際的な開発機関は、援助・支援の3つの面、つまり、人道、開発、政治の3つを明確に区別しなければならない。

パレスチナ人の自己決定権の確立という政治的な目標こそが、人道・開発政策の基本原則でなければならない。国際機関は、国際法のもとでの占領側の義務を代行することで、占領状態の維持に加担してしまうという危険性がある。政治的な支援は、国際法と、パレスチナの人たちの意志、とりわけ地元市町村の代表者たちと一般市民が表明している意志に即してなされなければならない。現地でパレスチナ人のプロジェクトの支援をするには、不法状態の是正を求める国内的・国際的レベルでの提言を伴っていなければならない。

占領が作り出した現在も進行中の危機的な状況の中で、緊急に求められているのは人道支援である。しかし、こうした支援が現実に占領を持続させることになり、パレスチナ人に対する抑圧を維持・平常化するような結果になってはならないし、もとより、そうした意図のもとになされてはならない。人道支援は、パレスチナの人たちが占領に抵抗し、公正な対応を実現させるのを助ける手段としてとらえられなければならない。

国際機関によって行なわれる開発は往々にして、直接的にであれ間接的にであれ、占領を支援することになりがちである。西岸地区とガザ地区全体が占領下に置かれた1967年以降、これが常に大きな問題となってきた。とりわけ、1994年にイスラエルが占領下の人々に対する責務をパレスチナ自治政府に委ねてからというもの、問題の深刻さはさらに増している。2003年に建設が始まった隔離壁(アパルトヘイト・ウォール)によって、イスラエルはゲットーの壁の内で維持していくことのできる経済体制を生み出す方法を見出そうと、様々な試みを続けてきた。ゲットー内での開発は、イスラエルのアパルトヘイト政策を進展させることにほかならない。パレスチナの人々が必要としているのは、コミュニティを守り、占領政策に立ち向かい、結束を強めていくことを助けてくれる「占領に屈することのない経済」の発展に対する支援である。占領下では、いかなる開発・発展もありえないと私たちは思っている。だが、パレスチナの人々の不屈の意志を支援し、イスラエルの占領を終わらせるためにパレスチナの人々を助けることのできる、そんな開発プロジェクトの可能性はないわけではない。

適切な開発戦略を選定する

パレスチナ人の自己決定権の確立と国際法の履行を支援することは、国際機関の活動の枠内で、様々な形で表明することができる。

パレスチナ自治政府

西岸地区とガザ地区で開発事業を行なおうとしている国際機関にとって、国家レベルでパレスチナの人々の利益を代表する能力のある自立したパートナーが存在しないということが大きな問題になる。国家レベルのパレスチナの政治機関は、イスラエルの認可がなければ存在しないに等しく、また、資金的には国際社会の供与に依存している。パレスチナ自治政府の歳入のおよそ75%は海外のドナー国・機関によるものである。現在の状況下では、自治政府の一般市民の支持基盤は弱く、民主的な信任度も低い。この結果、自治政府がパレスチナの一般市民の利益を代表するのは難しい状況になっており、自治政府はいっそうドナー国やその他の海外機関の利益を重視する方向に傾いているとする見方が強まっている。自治政府が、パレスチナの人々を代表する公式の国家レベルの代表として、あらゆる開発プロジェクトに関して重要なポジションにあるのは言うまでもないが、同時に、国際機関にとって必要なのは、そのほかの代表者たちの声、とりわけ地元の市町村のリーダーや一般市民の声を充分に聞くことだろう。

JICAの提案

JICA提案の概要

ヨルダン渓谷でのJICAの活動は、大きく2つの柱からなる。

1. 「エリコ地域開発計画調査」:2004年に始まったもので、以下の3つのサブプログラムで構成されている。

2. 「平和と繁栄の回廊」構想:「エリコ地域開発計画調査」から生まれてきたもので、2006年7月に小泉首相によって提言された。「キャパシティビルディング(組織的な能力の開発・向上)を含む経済のインフラを整備・発展させ、地域全体の協力関係を推し進めるために」パレスチナ、イスラエル、ヨルダン、日本の4カ国が共同で実行に当たるという構想である。この「回廊」構想は、メディアでは広く喧伝されているものの、実行に関する具体的な情報は、今のところいっさい公表されていない。ただ、「西岸地区に農産業団地を作り、農産物・加工品の物流の簡便化を図る」という準備段階の提案(下記を参照)から、「エリコ地域開発計画調査」の主要部分が今回の「回廊」構想の実質をなしていると見ることができる。「回廊」構想は、これまでのJICAプロジェクトの問題点をさらに増幅・悪化させることが予想される。

提案の文書と、実際に現地で行なわれた作業を照らし合わせてみると、すでに多くの問題があることが明らかになっている。

このブリーフィングでは、以下について検討する。

◇Map 2:JICAの「平和と繁栄の回廊」構想
「平和と繁栄の回廊」を構築するための日本のコンセプト
日本政府(2006年10月)

「平和と繁栄の回廊」を構築するための日本のコンセプト:日本政府(2006年10月)

ゴミ処理プロジェクトの必要性の査定と実状

JICA はパレスチナの人たちと充分な協議を行なっていない。さらには、協議の際にパレスチナ側から表明された要望・必要性に即した活動を行なっていない。 JICAはパレスチナの人たちに十全な説明をする責任を果たしておらず、その結果、JICA主導の開発提案はあらゆる面で地域の必要性を満たさないばかりか、現実に地元住民の利益に反するものとなってしまっている。

JICAのプロジェクトは、ヨルダン渓谷のパレスチナ人によってなされた「必要性の査定」の結果を完全に無視している。パレスチナ側が挙げた必要性のある課題のうち、実行されているのはゴミ処理だけで、しかも、このゴミ処理は優先順位リストのごくごく下のほうにあるものでしかない。教育環境の整備や医療施設の建設など、ゴミ処理より先に取り組むべき重要な問題が山のようにある。

さらに、このゴミ処理プロジェクトは、パレスチナ側の必要性を満たしていないばかりか、以下に示すように、パレスチナのではなく、イスラエルのゴミ問題を解決する試みとしか考えられないものである。パレスチナの市町村から出されるゴミももちろん問題のひとつではあるが、ゴミ全体の量はたいしたものではなく、現状においては必要度の高い問題ではない。それが、農産業団地プロジェクトに必要とされるという点を配慮した形で進められることになるとすれば、長期的なパレスチナの政治的目標と開発の目標にとって、とんでもない結果をもたらすことが予想される。

ヨルダン渓谷の市町村のリーダーたちは、適切な協議がなされたとは受けとめておらず、これまでに実施されたプロジェクトは、自分たちにとっては不適切なものだと思っている。2007年11月13日(火)に行なわれたヨルダン渓谷市町村評議会の合同ミーティングで、JICAの活動に対する主要な問題点が提示された。

  1. 第一に、パレスチナの市町村の側が提示した必要性・要望が満たされていない。
  2. 過去3年間の予算と実際に使われた費用がどうなっているか、いっさい明らかにされていない。
  3. 優先順位の高いプロジェクトを実行していない。実際に決定されたプロジェクトさえ実行するのが遅い。
  4. それまでヨルダン渓谷で活動していた機関・団体のほとんどが、JICAがこの地域の開発を担当することになったという理由で、引き上げてしまった。
  5. ゴミ処理に関しては、作業を行なっている合同の地元評議会がすでにあり、現在では、日本の顧問チームの主導によるゴミ処理作業が並行して行なわれる状況になっている(原注11[訳注]

原注11 Jordan Valley Councils joint press release, "The JICA project in the Jordan Valley" (Jordan Valley, Palestine: 13 November 2007), press release in Arabic in Appendix C
ヨルダン渓谷市町村評議会合同プレスリリース「ヨルダン渓谷におけるJICAのプロジェクト」(ヨルダン渓谷、パレスチナ:2007年11月13日) アラビア語のプレスリリースの原本は資料Cに掲載。

[訳注] このあたりの状況に関しては、JScpd- Jerichoを参照。

JICAは、1998年のゴミ回収トラックの供与に始まり、ゴミの処理・管理をサポートするアプローチを何度も行なってきており、地方自治体間の協力体制も作り上げている。

JICAパレスチナ事務所の現地代表、成瀬猛氏は2007年3月にこう書いている。「最近、パレスチナの環境悪化が深刻な問題となりつつある。特に 有形のゴミと下水は、各市町村の空き地に何の処置もなされないまま投棄されている状態だ」(原注12) だが、パレスチナの市町村の代表者たちは、自分たちにとってゴミは優先度の低い問題だと言明している。ヨルダン渓谷のパレスチナ人のほぼ半数は田園地帯の村落に住み、小規模の農業を行なっている。JICAのプロジェクトは、パレスチナ側のゴミの状況に文句をつけるイスラエルの入植地の要請に基づいて行なわれてきたと言っていい。実際のところ、このゴミ処理プロジェクトは、パレスチナの問題ではなく、イスラエルの問題だと思われるのだ。

原注12 Takeshi Naruse, Resident Representative, Japan International Cooperation Agency Palestine Office, paper to the HiPeC International Peace-Building Conference, 8-9 March 2007, "【PDFファイル】Community Empowerment, Regional Development and Platform for Dialogues through Comprehensive Peace Building Approaches" (Hiroshima University, Japan)
成瀬猛、JICAパレスチナ事務局現地代表「包括的な平和構築のアプローチを介したコミュニティの支援・地域開発・対話のプラットフォーム」 HiPeC国際平和構築会議(2007年3月8-9日、広島大学)でのスピーチ・ペーパー

成瀬氏はさらに、「地元の市町村は、市町村レベルでのこの着実な合同作業に力づけられ、非常なやる気を示している」と書いている。この言が正しくないことは、上記の声明で市町村長たちがはっきり指摘しているとおりだ。これまでのゴミ処理作業は、地元のパレスチナ住民の要望に応じてなされてきたわけではない。さらに、市町村長たちを仰天させたことに、エリコ一帯のゴミは市の周辺に限定されているA地区に運ばれ、そこに投棄されているのだ。C地区に属する村々にとって、これは負担が大きく、同時に、歴史ある古都エリコにダメージをもたらす事態でもある。また、現地住民が証言しているところでは、ヨルダン渓谷北部の村々のゴミは、今では多大な経費をかけて50-80キロ離れているトゥバスとジェニンに運ばれている。この経費は、現段階では海外からの資金によってまかなわれているものの、長期的に見てパレスチナ人にはコスト的にこうした作業を続けていけないとなると、これを「開発・発展」プロジェクトと見なすのは難しいと言うほかはない。

農産業団地プロジェクトを支援するためのゴミ処理はイスラエルを支援することになる

パレスチナ人の出すゴミよりもずっと大きな問題は、イスラエルの入植地、たとえばマアレ・アドミーム入植地から出されるゴミだ。これと結びつけると、JICAのゴミ処理プロジェクトは同時に、新たに建設される農産業団地(次のセクションで詳細に分析する)のゴミに対処するというスタンスのもとで行なわれているととらえることができる。この地域のゴミや下水の大部分が入植地から出されることになると考えれば、農産業団地のゴミ処理システムに入植地も組み入れるよう圧力がかかるという多大な懸念がある。JICAの農産業団地の提案に、国際法に反する入植地への投資と支援が含まれているという事実からも、これはほぼ間違いないと言っていい。

JICAがパレスチナとイスラエルの「合同」ゴミ処理プロジェクトを進めていくならば、JICAはこうした国際法違反行為に手を貸す史上初めての国際開発機関ということになる。これまでのところ、不法な入植地にサービスを提供するような「合同プロジェクト」は、いかなる国際ドナー国・機関も受け入れていない。ただ、イスラエルとつながりを持つ大学の科学者たちが「環境と政治は区別すべきだ」として、ドナー国・機関に積極的に働きかけ、こうした不法な資金供与を得ているケースが増えている(原注13)。

原注13 Presentation of Nitsan Levy (Hebrew University) and Yitshak Meyer (Environmental Protection Association) , "Feasibility Study for Cooperation in WWTP and Landfills for Israelis and Palestinians in the West Bank" (Antalya, Turkey:11 October 2004)
ニツアン・レヴィ(ヘブライ大学)とイツハク・メイヤ(環境保護協会)によるプレゼンテーション「西岸地区のイスラエル人とパレスチナ人のための廃水処理プラント(Wastewater Treatment Plant:WWTP)およびゴミ埋め立てプロジェクトでの協力体制に関する実行可能性の検討」(アンタルヤ、トルコ:2004年10月11日)

JICAは、今回のゴミ処理プロジェクトが入植地を支援するようなことは絶対にないという点を完全に明確にする必要がある。しかし、次のセクションで検討するように、農産業団地プロジェクトが入植地の支援になると考えられることから、この点に関しても大いに疑問を抱かざるをえないところである。

農産業団地

JICAは、現地の人たちがパレスチナ人にとって望ましいと言っていることを実行しようとしていない。これは、私たちが入手したJICAの最新の文書、「ヨルダン渓谷の農産業団地開発に関する事業化調査(フェーズ1):インセプション・レポート」(原注14)で提示された提案についても言えることだ。

原注14 Palestine National Authority (PNA) and Japan International Cooperation Agency (JICA), "Feasibility Study on Agro-Industrial Park Development in Jordan River Rift Valley (Phase 1):Inception Report" (Japan: March 2007)
パレスチナ自治政府およびJICA「ヨルダン渓谷の農産業団地開発に関する事業化調査(フェーズ1):インセプション・レポート」(日本:2007年3月)

農産業団地の提案は、現地のパレスチナ人の必要性といっさい関係がなく、ここから、このプロジェクトがいったい誰のために進められているのかという疑問が生じてくる。ヨルダン渓谷では、40年にわたる占領の結果、インフラがまったく存在していないために大規模な開発を行なうことができず、大多数の農家はごく小規模な農業に従事せざるをえない状況に追い込まれてしまっている。これら小規模農家はおおむね貧困状態にある。ISO(国際標準化機構)[訳注]の認証がヨルダン渓谷の農場に与えられたことはこれまで一度もない。こうした要因が積み重なった結果、ヨルダン渓谷の農民は全体として極貧状態にあると言ってよく、渓谷住民の75%が1日2ドル以下の生活を強いられている。

[訳注]ISO (International Standards Organization:国際標準化機構)が定める工業規格をISO(イソ、アイソ、ないしアイエスオー)と呼ぶ。日本のJISの世界版。ひとつひとつの製品規格ももちろんあるが、総合的なシステムの領域では、ISOが規定する様々な条件・仕様を満たしていると認められた者(企業など)にISO認証が与えられる。つまり、高度の技術仕様を満たしていないと、ISO認証は受けられないということだ(ただし、ISO認証取得をうたっていても、必ずしも内実が伴っているとは限らない)。農業関連としては、ISO9001(品質)、ISO14001(環境)、ISO22000(食品安全)などがある。

JICAは、こうしたヨルダン渓谷の住民が自分たちの農業を発展させていけるようにするのではなく、大規模な農産業団地の労働者として働くという構想を描いているように思われる。この農産業団地はイスラエル人の入植者とパレスチナ人のエリートが所有することになるだろう。これが一般のパレスチナ人の利益のために進められているプロジェクトでないことは明らかだ。

JICAの提案文書には、ヨルダン渓谷の農民たちにとって障害となっているものに本気で取り組もうという姿勢がまったく見られない。現在の農民にとっての障害はすべて、占領という状態から生まれている。

JICAの提案には根本的な問題がある。JICAは、一方で「平和構築」のプロジェクト、つまり、政治的な領域にかかわらざるをえないプロジェクトをうたい、一方で、自分たちが経済的な活動を主導すると言っている。実際のところ、JICAの提案は、以下で検討するように、占領が生み出している、平和と経済開発に対する政治的な障害を不問に付しているのだ。JICAは、このプロジェクトの目的が政治的なものなのか、純粋に開発だけが目的なのかを明確にする必要がある。

改めて指摘しておきたいのは、JICAが活動を始めた1998年以来、パレスチナの人たちの利益になる開発事業はいっさい行なわれていないということだ。学校も病院もひとつも建設されていない。唯一、実行に移されているのはゴミ処理プロジェクトだけで、これは前述のとおり、ゴミ処理が行なわれている市町村にとってはせいぜい2次的3次的な利益しかもたらしておらず、最悪の場合には、パレスチナ人の利益にとって多大な損害を与える「不法な占領状態の平常化プロジェクト」になると考えざるをえない。

JICAの農産業団地の提案は、占領という事態と分かちがたく結びついた経済・インフラの建設を促進するものであり、結局のところ、長期的な発展にとっては極めて深刻な障壁を固定化してしまうことになるだろう。

入植地の支援

JICAの準備段階文書で最も懸念されるのは、このプロジェクトがヨルダン渓谷の不法なイスラエルの入植地を直接的に支援することを提案しているようにとらえられる点である。

成功が見込める農作物の選定のための主要なファクターの分析を目的として、順調にビジネスを進めているイスラエルの移住者の農場のいくつかを調査する予定である。主要なファクターは、生産、物流、市場の3点に集約される。順調に進められている移住者のビジネスは、様々な制約を低減する外的/内的な条件によって支えられているものと考えられる。たとえば、生産技術のイノベーション、経済的な規模の物流システム、イスラエルとヨーロッパ諸国の市場の安定性などが、調査・検討の対象となる。(強調は引用者による)(JICA pp.8-9)

「イスラエルの移住者の農場」とは要するにイスラエルの入植地のことである。パレスチナ人から奪い取った土地に作られている入植地は、国際法に違反していると見なされる。入植地は「移住者の農場」ではない。「移住者の農場」なら、パレスチナの土地でパレスチナの法律のもとに許可を得て操業しているイスラエル企業ということになるが、実態はまったく違う。これら入植地は不法な前哨基地であり、イスラエル政府に税金を払っているとともに、イスラエル政府から財政援助を受けている。要は、ヨルダン渓谷の統治権を維持するための主要な装置として機能しているのだ。JICA文書は、ヨルダン渓谷のこれら入植地を、経済再生パッケージの一部として統合し支援することを推奨しているように思われる。

合同プロジェクト

JICAの準備段階文書は、パレスチナの人々は、将来の「平和」のために、占領者イスラエルをパートナーとして受け入れるべきだと言っているに等しい。

コンセプトは、この地域の繁栄のために、たとえば、西岸地区に農産業団地を設立したり生産物の輸送の利便性向上を図るといった、地元での協力体制を推進するプロジェクトを実現するよう、協力して作業に当たるということである。(原注15

原注15 Japan's background paper on the Corridor for Peace and Prosperity
日本政府「平和と繁栄の回廊」構想のバックグラウンドペーパー
参照:【プレスリリース】 イスラエルとパレスチナの共存共栄に向けた日本の中長期的な取組:「平和と繁栄の回廊」創設構想 2006年7月

ここにある考え方は、おそらくこういうことだろう。開発に当たって、JICAは、入植地の「生産技術のイノベーション、経済的な規模の物流システム」(JICA pp.8-9)を利用することを強く推奨する、これによって入植地とパレスチナ人との協力体制に門戸が開かれる、というわけである。

JICAは、これらのプロジェクトへの投資は、パレスチナ、ヨルダン、イスラエルのどこからでも可能だということを明確に述べている。この提案文書が入植地を「移住者のビジネス」と誤ってとらえていること、さらには、前述したとおり、イスラエルが入植地拡大を押し進めていることを考え合わせると、この合同プロジェクトが、結局のところ、収奪されたパレスチナの土地で不法に操業を続けているイスラエル企業への大規模投資を実現させることになるのは明白だと思われる。

パレスチナ側に資本および技術的なインフラと供給上のインフラがないことから、パレスチナにできるのは、本質的に、安価な労働力を提供し、収奪されたパレスチナの土地でのイスラエルのビジネスを受け入れるということになる。このプロジェクトはパレスチナ人の「経済的利益」を生むものではない。パレスチナの人々を何の保障もない低賃金労働に導き、一方でイスラエルの投資家にさらなる利益をもたらして、入植地をいっそう繁栄させるということになりかねないのだ。

JICAはこう述べている。

海外の投資者は国内税が免除される自由貿易地域に関心を示すだろう。加工業者は供給拠点を自由貿易地域に置き、ロジスティクス/物流業者もこの地域に配置される。一方、取引業者と輸入代替企業[訳注]は、国内税のかかる販売促進地域に置かれる。販売促進地域の企業は自由貿易地域の企業と商取引を行なうことが認められる。この農産業団地開発のコンセプトは、関係者たちとの直接の協議を通して具体化されることになる。(JICA p.14)

[訳注] 国内産業を保護するために、外国製品の輸入に制限を課し、そうした製品を国産品で代替する政策を輸入代替と言う。具体的には、製品の輸入の禁止や輸入代替企業の優遇など、様々な形がある。

「海外の投資者」には当然イスラエルも含まれるし、供給チェーンの構成要素には、収奪されたパレスチナの土地で操業しているイスラエルの経済インフラも含まれる。実際のところ、不法な入植者による供給チェーンのインフラはすでに高度に整備されており、1967年以降、数々の優先権が与えられている。こうした事実を考えると、ここに流入するいかなる投資金も、ほかにはいっさい回されず、ダイレクトに入植地プロジェクトを助成するものとなってしまいかねない。これは国際法の侵犯である。言うまでもなく、入植地はすでにイスラエル政府によって財政支援を受けているが、 JICAのアウトラインは、この状況を公式なものとし、それにさらに押し進める自由貿易地域の確立を提案していることになる。この事業をパレスチナ-イスラエルの合同プロジェクトと述べているのは欺瞞的だと言わざるをえない。

国内課税の免除という提案は、パレスチナの主権をさらに踏みにじるものである。ヨルダン渓谷で操業している入植者たちがパレスチナ自治政府に税金を払わなければならないというのであれば、それは、この地域をパレスチナのものとして明確に認めることになる。しかし、そうではなく、税金を免除するというのは、イスラエルの観点から、入植者の立場をあいまいなままにしておくということにほかならない。JICAの観点もまさに同じで、 JICAは明らかに、入植者を今後とも占領者ではなく「移住者」と見なしつづけようとしている。

JICAの提案は、イスラエルが不法な入植地への投資を覆い隠すイチジクの葉を必要としているという背景のもとでとらえなければならない。2006年、EU-イスラエル連合協定(自由貿易協定)の条項(第4議定書)をめぐってEUとイスラエルの間で論争となり、以後、イスラエルは、EUに輸出する入植地産の農産物には明確にその旨を表示しなければならないことになった[訳注]。この協定では入植地の生産物の関税免除は認められていない。要するに、入植地産の農産物はイスラエル産ではなく、被占領パレスチナ産だということだ。この結果、イスラエルは現在、入植地の輸出用農産物に対し、それまで適用されていた関税免除に相当する額を追加補助するという方策をとっているが、この状況は、今後、世界貿易機関(WTO)の規約に照らして問題となる可能性がある。JICAが提案している自由貿易地域の創出は、投資を介して入植地を支援する新たな方法を提供するものであり、イスラエルにEUやWTOとの間の問題を回避できる機会を与えるということになるだろう。

[訳注] EU-イスラエル連合協定については、以下を参照。
【PDFファイル】EURO-MEDITERRANEAN AGREEMENT: establishing an association between the European Communities and their Member States, of the one part, and the State of Israel, of the other part

さらに、JICA提案では、ヨーロッパへの輸出に際しては入植地の組織化された技術・方法を利用すべきである(JICA pp.8-9)としているが、これは、同じ文書で先に示された推奨事項、「パレスチナの農産物は近隣諸国にのみ輸出することとする」という話と矛盾している。この文書が輸出先として特定しているのは、イスラエル、ヨルダン、湾岸諸国で(JICA p.10)、さらに、主要な輸出農産物となるはずの野菜に関しては、「市場は、ヨルダンもしくはその他のアラブ諸国のヨルダン渓谷に近い都市に限定される」(JICA p.12) となっている。ここから引き出せる結論はひとつしかない。JICAは、ヨルダン、イスラエルと競合するパレスチナ独自の農産物輸出部門の発展を支援するつもりはまったくないということである。パレスチナの生産物はヨルダンとイスラエルに輸出され、そこからヨーロッパないし湾岸諸国に再輸出される。つまり、パレスチナのイスラエルに対する依存性が固定化されてしまうことになる。

イスラエルの経済インフラのさらなる強化

JICAは続けて、この地域における技術のイノベーションを進めるために、「技術のインキュベーター[訳注]」というイスラエルの用語を採用して、次のような提案を行なっている。

[訳注] インキュベーターとは、新しい企業を起こそうとしている個人や団体、新しい分野への展開を目指す地域企業などに対し、成長・発展を支援する様々なサービスを提供する施設・システムのこと。具体的には、必要な設備の整った事務所(ハード)を提供したり、運営・管理・事務(ソフト)の支援をしたりする。

資金供与国は、SME(small to medium-sized enterprises:中小規模の事業)が技術レベルを上げるのを助ける、いわゆるインキュベーターを設立することになる。これに続く段階では、外国からの直接投資(foreign direct investment:FDI)の増大に応じて、小規模の自由貿易地域(Free Zone:FZ)が導入される。こうした全体構想を支えるには、以下の課題を実行することが必要になるだろう。

a) 可能性のある国内の投資者に対するヒヤリング

b) インキュベーターの必要性に関する出資者間での議論

c) 特別地域の法的な側面に関する調査

実際には、イスラエルはすでにキンロート(Kinrot)という技術インキュベーターを設立しており、このインキュベーターの支援対象には「ヨルダン渓谷全域」のテクノロジー関連の新規事業の立ち上げが含まれている(原注16)。パレスチナの技術部門がまだまだ充分発展していないことを考え合わせる と、JICAの提案するインキュベーターは全面的にイスラエルによってコントロールされることになるのが明らかだと思われる。

外国からの投資には、当然、イスラエルの投資も含まれる。これを促進するということに加えて、入植地を「移住者のビジネス」と誤ったとらえ方をし、「自由貿易地域」を提供するとしているところからも、JICAは、法的な面はあいまいにしたまま、事実上の入植地となる投資地区設立の支援を敢行しようとしていることになる。イスラエルはすでに、インキュベーターに大規模な投資を行なう計画を進めている。そして、ヨルダン渓谷を、さらなる資本投下を行なう「優先A地区」に指定して、1967年の停戦ラインであるグリーンラインの両側の土地の境界を意図的にあいまいなものにしようとしている。

以上から、JICAが概要を示した「合同プロジェクト」なるものが、パレスチナの利益にとっては、政治・経済の両面において有害きわまりないものであることは明らかである。パレスチナ人は、占領者との関係を平常化するためのプロジェクトには関心がない。私たちが求めるのは占領の終結だ。占領が終われば、その時に初めて、真のパレスチナの政治・経済の自律的な発展が実現されることになる。

アル・ムジャラート道路

パレスチナの経済を発展させるには、輸送ネットワークの改善が必須の要件となる。しかし、JICAが提唱している案はまったく受け入れがたいものである。

西岸地区のJICA事務所が地元メディアに述べた概要によると、JICAが提案しているアル・ムジャラート道路は、エリコとその南北の都市を結ぶものとなる。だが、この提案には、不法な入植者の自由な移動を許す一方でパレスチナ人に対しては移動制限を課すという形を確立・徹底し、それによって農産業団地の活動を促進しようという意図がある。

◇Map 3:JICA提案のアル・ムジャラート道路

Map 3:JICA提案のアル・ムジャラート道路

[訳注] 外務省が実際に発表している計画は、ここで「アル・ムジャラート道路」とされているもののうち、エリコ-タイベ間の道路の整備計画である。また、これは JICAのプロジェクトではなく、外務省が直接、UNDP(国連開発計画)に拠出する無償資金協力という位置づけになっている。

この道路ができると様々な影響が出てくることが考えられる。

1. イスラエルは、エルサレムとエリコを結ぶ現行の道路(高速45号線)をパレスチナ人に使わせないことが可能になる。Map 3でも示したように、これによって、イスラエルは東エルサレムの入植地ブロック、とりわけマアレ・アドミーム入植地周辺の一帯をイスラエル内に取り込むことができるようになる。実際にイスラエルがそうするつもりでいることは、政府代表者たちが繰り返し公言している(原注17)。

原注17 イスラエルのE1計画に関しては多数のメディアの文書がある。2007年3月22日には、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council)が、「マアレ・アドミーム入植地を拡大し、その周囲に隔離壁をめぐらせることによって、占領下にある東エルサレムを西岸地区の北部および南部と切り離し、東エルサレムのパレスチナ住民を孤立させることを企図した、イスラエルのいわゆるE1計画」に対して「多大な懸念」を表明した。
以下の「東エルサレムおよびシリアのゴラン高原を含む占領下パレスチナにおけるイスラエルの入植地」を参照。
"Israeli colonies in the Occupied Palestinian Territory, including East Jerusalem, and in the occupied Syrian Golan" (A/HRC/RES/2/4, A/HRC/2/9, 22 March 2007) (Googleによるキャッシュ・ファイル

Map 4:西岸地区のゲットー

◇Map 4:西岸地区のゲットー
アパルトヘイト道路のネットワークと隔離壁によって、西岸地区は3つのゲットーに分断されている。この3つのゲットーを、世界銀行は「それぞれ別個の経済ゾーン」としている。JICA提案のアル・ムジャラート道路はこの状況を固定化し、東エルサレムとマアレ・アドミーム入植地周辺地域のイスラエルへの併合を促進させることになるだろう。

2. Map 4に示したように、西岸地区が、中央部・北部・南部の3つのゲットーに分断される。

3. 新しい「パレスチナ人限定」の道路に設けられる検問所のコントロールが自在になる。一方、入植者には、パレスチナ人を排除した道路の完全な移動の自由が与えられる。

新しい「パレスチナ人限定」の道路は、イスラエルの検問所に始まり、検問所に終わるということになるだろう。JICAの農産業団地の提案では、これらの検問所を既成事実とし、今後とも存続するとしている。そして、パレスチナ人が産業を発展させていくには、今後とも検問所とともに生活していかなければならないという事実を考慮に入れておくよう提言しているのだ。

イスラエルの検問所では、積荷を開いて細かくチェックするために時間がかかり、時に農産物に損傷が出ることがある。運搬時間と厳密なチェックを考えると、鮮度が重要で迅速な運搬が求められる一部の農産物は推奨できない。(JICA p.13)

アル・ムジャラート道路建設の提案は長期的な農業部門の開発と結びついており、ここには前述の入植地への投資も含まれている。したがって、この提案・推奨のポイントは、不法な入植者たちが入植地の間を自由に行き来し、占領を固定化・平常化するのを可能にする道路システムへの長期投資のため──ということになる。アル・ムジャラート道路建設プロジェクトは、ヨルダン渓谷の占領状態を維持するというイスラエルの重点目標に連動しており、占領からの解放が達成されたパレスチナの長期的な経済発展という目標には合致していないのだ。

過去に、イスラエルも何度か同様の計画を立てたことがあったが、これらはすべて、各国政府・国際機関から全面拒否されている。たとえば、2004年に、パレスチナ人用の512キロに及ぶ「分離」道路のための資金供与を求めた際には、国際的な反対にあって計画は頓挫した。ヨーロッパのドナー国が資金供与を拒否したのは、ひとつには、こうした新しい道路への資金供与が、アパルトヘイト・ウォール(隔離壁)建設と壁によって作り出される統治形態に対する支援を違法とした国際司法裁判所の裁定に抵触すること、もうひとつは、占領を支援するような供与資金を増やしたくないということがある(原注18)。

原注18 Chris McGreal, "Israel seeks funds for separate Arab roads", The Guardian newspaper (London, UK: 6 September 2004)
クリス・マクグリール「アラブ人を分離する道路の建設に資金供与を求めるイスラエル」 ガーディアン(ロンドン、イギリス:2004年9月6日)

イスラエルは「西岸地区全域を支障なく移動することを可能にするための移送インフラの改善」に関心があるという姿勢をとりつづけており、これには 「国際的な援助のもとでの広範かつ複合的な建設」(原注19) が必要だとして、新しい道路建設への支援を求めている。しかし、この要請は各国政府によって完全に拒否されてきた。世界銀行さえ、パレスチナ人は既存の道路網を使うべきだという基本的な考えのもとに、パレスチナ人用の新しい道路建設には反対してきた。そんな中で、日本政府が今、アル・ムジャラート道路計画の実態であるアパルトヘイト・インフラ、つまり、パレスチナ人とイスラエル人を完全に分離する基幹設備建設の考えを受け入れるとすれば、それは、世界の基本原則からのたいへんな逸脱ということになるだろう。

原注19 同前(原注18)

持続可能な開発を明確にする

長期的な開発・発展を促進するためには、JICAは、パレスチナ人の利益をサポートする、より現実的なアプローチをする必要があ る。 JICAの開発提案は、パレスチナの人々の利益を明確に認知した上で進められなければならない。開発プロジェクトには、長期的なパレスチナの政治的目標・発展の目標につながる「占領に屈することのない経済」の支持・政策提言が含まれなければならない。JICAは、ヨルダン渓谷におけるイスラエルの存在をパレスチナ人の「パートナー」と見なすことをやめた上で、開発戦略を立てなければならない。イスラエルは不法な占領者であり、ヨルダン渓谷におけるイスラエルの存在は、ジュネーヴ第4条約の決定的な侵犯である。

これまでの開発提案の重大な問題点を正すために、JICAは以下のことを実行する必要がある。

ほかの国際開発機関と同様、JICAも、パレスチナの経済再生にとって主要な障害が占領の直接的な結果であることを充分に承知しているはずだ。しかし、ほかの開発機関と同様(原注20)、JICAの提案はパレスチナ人に経済再生を提供するのではなく、イスラエルとの関係を平常化することに連動する形でしか進められていない。

原注20 たとえば、世界銀行の報告書や、最近発表されたイギリス財務省の開発レポートで、パレスチナの経済の発展には移動やアクセスが重要だという点が強調されている。しかし、両者とも、現場での適切な協議に失敗したのち、占領を終わらせるのではなく、パレスチナ人を占領体制とともに生活できるようにするという提案をするに至っている。とはいえ、どちらも、入植地の経済拡大の支援を推奨するようなことは行なっていない。

JICAがパレスチナの真の開発・発展の目標を支援しようとしていない現状は、おそらく、イスラエルの企図に真向からぶつかりたくないというところに発しているのだろう。たとえば、JICAが学校や病院建設といった地元住民の活動を支援する提案をすれば、イスラエルがC地区でのパレスチナ人による建築に許可を与えることはないので、即刻、もめごとになるのは必定だ。パレスチナ人が農産物の輸出や市場に関してイスラエルに依存するのではなく、自身の生産物を自身で輸出するのを支援する提案を行なえば、JICAはイスラエルの「封鎖」という問題に直面せざるをえない。

私たちの提言は、こうした問題においては絶対に占領という事態に直面しなければならないということだ。そうでなければ、パレスチナ人はこれからもずっと現在のシステム内にとどめおかれることになってしまう。このシステムにおいては、パレスチナ人は否応なく占領者に依存しなければならない。これは、パレスチナの自律性を根底から崩壊させることになる。パレスチナ独自の産業の発展は不可能となり、移動とアクセスをイスラエルがコントロールする状態は永遠に固定化され、パレスチナ人は、開発・発展にはほとんどコントロール権を持たない末端労働者の地位におとしめられてしまう。

JICAは今一度、自分たちの開発プログラムの目的を見直し、政治的な成果と国際法のもとでのあり方を考え直す必要がある。

資料A:ケーススタディ

ケーススタディ 1:アル・ハディーディヤ──水と農業

2007年8月13日と23日の2日にわたり、ヨルダン渓谷のベドウィンの村、アル・ハディーディヤとフムサをイスラエル軍のブルドーザーが襲撃し、 200人が家を失った。この襲撃は、イスラエルが1948年以来、パレスチナの人々に対して続けてきた排除と収奪とアパルトヘイトの数限りない軍事作戦行動におけるひとつの事例にすぎない。1948年以来、イスラエルの重要な武器となっているのは水資源の支配である。

1967年以降、イスラエルは西岸地区に進出し、アル・ハディーディヤとフムサがあるヨルダン渓谷のリブケア平原の各地を軍事封鎖地域ないし軍事訓練用地と宣言、それ以外の土地には次々と入植地を建設していった。パレスチナの人々はヨルダン川の水を使うことを禁じられ、上流の流れを変えることができるようになったイスラエルは、各地の水資源を自分たちの給水システムに取り込んだ。アル・ハディーディヤとフムサの人々が昔から使ってきた井戸は破壊され、入植地のためにもっと深い井戸が作られた。これら入植地用の井戸は高いフェンスで囲われ、パレスチナ人がこの井戸を使えば逮捕・収監されることを覚悟しなければならない。さらに、パレスチナ人は新たな井戸を掘ることも禁じられている。アル・ハディーディヤには現在、給水設備がなく、村人は35キロ離れたところにある給水タンクまで水を取りにいかねばならなくなっている[訳注1]。家屋破壊が実行される前にも数カ月間にわたって、村にあった複数の給水タンクが繰り返し押収されている。2006 年に、近くのローイー入植地の住人が、何世代にもわたってこの一帯で家畜に草を食べさせてきたベドウィンの村が「ローイーにとって危険な存在」だとして、この2つの村に対する家屋破壊命令を出すようイスラエルの裁判所に申し立てた。こうして、2007年8月13日と23日の2日間にわたって、パレスチナの村に対するブルドーザー作戦が遂行されたというわけだ[訳注2]

[訳注1]こうしたアル・ハディーディヤの実状を伝える記事。
stopthewall.org: Al-Hadidiye: Palestinian's denied access to water in an attempt to force them from their homes

[訳注2]この2つの村の家屋破壊は以後も続けられている。
Wave of Demolitions in the West Bank leave 75 people homeless

アル・ハディーディヤやフムサのような農業・牧畜を行なっている村の開発にとっての主要な障害は、現在も続けられているイスラエルの水資源への攻撃である。JICAが、この地域の開発を可能にしたいと考えているのであれば、取り組まなければならないのは、この政治的現実である。

ケーススタディ 2:イマード・サワフタ──ヨルダン渓谷北部の農場経営者

イマード・サワフタは、ヨルダン渓谷北部のバルダラ近郊、隔離壁とビサーン検問所に近いところで農場を経営している。サワフタがこの地で農場を始めたのは1980年、トマト、キュウリ、ナス、その他の野菜を栽培している。フルタイムで働いているのは15人。給料は出していないが、代わりに、それぞれの家で消費したり売ったりするための野菜を支給している。

農場経営は一定の季節に限られている。天候に左右されるのと灌漑設備がないことで、1年を通して野菜を作ることができないからだ。生産シーズンの初めには多少の収益があるものの、様々な出費によって、シーズンの終わりには収支はほとんどゼロになってしまう。生産にかかる費用は年間1ドゥナム(1000平方メートル)につき1500から2000シェケル(約4万3000〜5万7000円)、それを差し引くと利益は残らない。

サワフタは農場の規模を拡大したいと思っている。「もちろん、これはどの農家も願っていることです」 だが、それができるだけの余分な資金はない。現状で赤字を出さない経営を続けていくことはできるが、規模拡大の可能性はまったくない。この状況にはいくつもの要因がある。サワフタによれば、1967年にイスラエルのヨルダン渓谷占領が始まって以来、全域が多大な圧力下に置かれてきたという。

要因の第一は、イスラエル軍によっていつ何どき農場が破壊されるかわからないという点だ。2007年9月、イスラエル軍は、作付けが終わった20ドゥナムほどの畑を多数のハウスともどもブルドーザーで押しつぶした。サワフタのようにわずかな収益しかない農場にとって、こうした襲撃はたとえ1回だけであっても長期的に深刻な影響をもたらす。

サワフタの農場経営にとっては、占領に起因する現在進行中の様々な要因が大きな障害となっている。隔離壁が建設される前は、往来がある程度自由だったため、状況はまだましだったという。パレスチナ人、イスラエル人を問わず、卸売り業者がこの地域にやってきて、野菜を買いつけてはまた自分たちの地域に持っていって売っていた。

壁とビサーン検問所ができてからは、それもできなくなった。イスラエルは障害を次々に増やしていき、たとえば、生産物を売るには、西岸地区であっても──トゥバスやジェニンなどの近い市場に運んで売る場合でも──イスラエルによって仲買業の認可を受けた業者を介さなければならないとした。現在、全生産物の90%近くがイスラエルの仲買業者を介して販売されており、売り値の30%程度の手数料を取られている。隔離壁と封鎖体制は、イスラエルがパレスチナの生産物でイスラエルの業者を儲けさせることを可能にしているのだ。実際のところ、西岸地区との取引は最小限にまで低減されてきたが、これは、封鎖体制のもと、運送時間がまったく当てにならないため、端的に儲からないという理由による。検問所で長く引き留められるおかげで、農産物は市場が閉まる前に届かないこともしばしばで、時には、荷そのものが検問所を通過させてもらえないこともある。

働き手を見つけるのも、もうひとつの大きな問題である。ヨルダン渓谷以外の西岸地区の住民として登録されている者は、検問所を通過することができない。サワフタ自身はトゥバスに住民登録がある(ただし、生まれてからずっと生活しているのはバルダラ)。これが意味しているのは、サワフタは実質的に農場のある地域に幽閉されているということだ。いったんこの地を離れてしまったら、戻るのはこのうえなく難しいことになる。バルダラ一帯は人口が少なく、働き手を見つけるのは難しい。教育・訓練の施設もないため、見つかっても充分な技能を持っていない働き手がほとんどだ。

もうひとつの重要な問題はイスラエルによる水資源の支配で、イスラエルは、各農家ごとに利用できる水の量に制限をもうけている。この割り当て量を増やしてもらうための申請手続きは込み入っていて長い時間がかかり、結局のところ徒労に終わる場合がほとんどである。

私たちはサワフタに、国際機関のヨルダン渓谷開発プロジェクトについてたずねてみた。サワフタは次のように話してくれた。

JICA自体はOKだが、JICAの仕事のやり方やプロジェクトの進め方はよくない。JICAだけでなく、PAPA(Palestinian Agribusiness Partnership Activity:アメリカのUSAIDが行なっている農業支援事業)やイギリス、オランダ、そのほかどこの国際協力機関も同じだが。

JICAはパレスチナの地元評議会を仲介者にしていると言っているが、地元評議会は力を持っていないし、実際にまっとうに活動してもいない。というのも、前の評議会の選挙以来、この1年半というもの、自治政府が地元の評議会を機能しないようにしてしまったからだ。

資金供与機関はどこも必要な経費のせいぜい20%くらいしかカバーしていない上に、特定のパレスチナの仲介業者を押しつけてくる。おおむね能力がないし、信頼もできない業者ばかりだ。しかも、手数料まで取る。だから、私たちの手もとにはほとんど何も残らない。実際に全体の計算をしてみれば、こうしたプロジェクトに参加して得られる利益と、実際にかかっている費用が同じだということがわかるはずだ。私は多くの資金供与機関と直接に、また、評議会を通してコンタクトをとったが、こうしたプロジェクトにはどれも参加する意味のないことがはっきりした。

サワフタは、農業従事者にとって大きな問題であるパレスチナ自治政府の無能さも強調した。

大きな問題は、自治政府の農業大臣が仕事をしていないことだ。実際、自治政府は能力もなければ、マーケティングや教育、訓練の戦略も持ち合わせていない。農業大臣が頼りにならないとしたら、いったい農民はどうやって占領者の圧力をかわしたり、ヨルダンやイスラエルやその他のパートナー相手に商売をしたりできるというんだ? この地域では、自治政府には、現実に実行できる権限も法もいっさいない。

サワフタが言う問題点はすべて、占領の直接的な結果である。JICAは、問題の根源にある原因、すなわち、この地域の商取引に対するイスラエルの支配に対し、本気で取り組まなければならない。これまでになされたJICAの提案はイスラエルの支配に立ち向かうどころか、それを固定化させている。

資料B:ヨルダン渓谷の入植地

ヨルダン渓谷の入植地
入植地名 建設年 人口
2006年 2003年 2000年 1999年
アルガマン
Argaman
1968 169* 169 164 155
ベンヤミン・ベカオート
Benjamin Beqa'ot
1972 145* 145 144 144
ビトロノート(ナハル)
Bitronot(Nahal)
1984 ** ** ** **
エリシャ(ナハル)
Elisha (Nahal)
1983 ** ** 753 0
エン・ホグラ
En Hogla
1982 ** ** ** **
ギルガル
Gilgal
1970 162* 162* 180 164
ギティット
Gittit
1973 119 119 100 109
ハムラ
Hamra
1971 131 131 147 149
ヘムダート(ナハル)
Hemdat (Nahal)
1980 107* 107
マアレ・エフライム
Ma'ale Efrayim
1970 1,400 1,443 1,480 1,460
マスキヨット
Maskiyyot
1987 507* 507* 507 N/A
マスアー
Massu'a
1970 145* 145 148 140
メホラ
Mehola
1968 327* 327 306 315
メコラ
Mekhora
1973 125 125 113 120
メノラ
Menora
1998 1,240* 1,240 768 332
ネティヴ・ハゲドゥド
Netiv HaGedud
1976 120* 120 139 143
ニラン
Niran
1977 52* 52 56 45
ナオーミ
Na'omi
1982 123* 123 121 133
ペツァエール
Peza'el
1975 213 213 121 133
ローイー
Ro'i
1976 118* 118 141 133
ロテム(ナハル)
Rotem (Nahal)
1984 24* 24
シャドモート・メホラ
Shadmot Mehola
1978 507* 507 399 400
トメル
Tomer
1978 298* 298 308 307
ヤフィット
Yafit
1980 95* 95 125 118
イタヴ
Yitav
1970 136* 136 114 107
合計 6263 6306 6437 4702

* 入手できた最新のデータ。2006年の数値は2003年とほぼ同じである。私たちも、入植者の数(人口)は一定を保っていると推定してきた。

** データなし。したがって、実際の合計はこの分が加算されることになる。

ここに提示されているヨルダン渓谷の入植者数は極めて控えめな推定値である。現地住民の証言するところでは、入植地建設の割合は増加しているが、人口欄が空白のままの個所があるところからも、入植者自体の数が今のところ著しく増加しているということはないということである。

出典:イスラエル政府中央統計局(Israeli Occupation Government's Central Bureau of Statistics)

資料C:ヨルダン渓谷市町村評議会の代表者たちによる合同プレスリリース

2007年11月13日

5つの問題点が示されている。

  1. 第一に、パレスチナの市町村の側が提示した必要性・要望が満たされていない。
  2. 過去3年間の予算と実際に使われた費用がどうなっているか、いっさい明らかにされていない。
  3. 優先順位の高いプロジェクトを実行していない。実際に決定されたプロジェクトさえ実行するのが遅い。
  4. それまでヨルダン渓谷で活動していた機関・団体のほとんどが、JICAがこの地域の開発を担当することになったという理由で、引き上げてしまった。
  5. ゴミ処理に関しては、作業を行なっている合同の地元評議会がすでにあり、現在では、日本の顧問チームの主導によるゴミ処理作業が並行して行なわれる状況になっている。

原注

原注1 【PDFファイル】Speech by Yitzhak Rabin to the Occupation's Knesset on the ratification of the Israeli-Palestinian interim agreement (Palestine: 5 October 1995)
イスラエル-パレスチナ自治拡大協定(オスロ2)の批准に関して、イスラエルの国会でイツハク・ラビンが行なったスピーチ(パレスチナ:1995年10月5日)

原注2 The Israeli Occupation's Foreign Ministry, "Comments by Prime Minister Netanyahu on the current political situation", Israeli Government website (Palestine: 2 June 1997)
イスラエル政府/外務省「現在の政治状況に関するネタニヤフ首相のコメント」 イスラエル政府Webサイト(パレスチナ:1997年6月2日)

原注3 Adri Nieuwhof, "Israel plundering the Jordan Valley", The Electronic Intifada (Palestine: 7 September 2007)
アドリ・ニューホフ「ヨルダン渓谷を略奪するイスラエル」田村なおみ訳(パレスチナ:2007年9月7日)

原注4 James Bennet, "Israel Planning Big Investment in Settlements on West Bank", The New York Times newspaper (New York, United States: 20 April 2004)
ジェイムズ・ベネット「西岸地区の入植地に対するイスラエルの大規模投資計画」 ニューヨークタイムズ(ニューヨーク、アメリカ:2004年4月20日)

原注5 Chris McGreal, "Israel excludes Palestinians from fertile valley", The Guardian newspaper (London, UK: 14 February 2006)
クリス・マクグリール「肥沃な渓谷からパレスチナ人を排除するイスラエル」 ガーディアン(ロンドン、イギリス:2006年2月14日)

原注6 Applied Research Institute, "The ongoing Israeli violations in the Jordan Valley!" (Jerusalem, Palestine: 14 January 2006)
アプライド・リサーチ・インスティテュート「ヨルダン渓谷で行なわれているイスラエルの侵犯行為」(エルサレム、パレスチナ:2006年1月14日)

原注7 The Israeli Occupation's Ministry of Industry, Trade and Labor, "Investment incentives in the Law for the Encouragement of Capital Investment" (Tel Aviv, Palestine: 2007)
イスラエル政府/産業・商業・労働省「資本投下推進法における投資のインセンティヴ」(テルアヴィヴ、パレスチナ:2007年)

原注8 Jamal Juma, Palestinian Grassroots Anti Apartheid Wall Campaign, "The Eastern Wall: Closing the Circle of Our Ghettoization", ZMag (Ramallah, Palestine: 24 December 2005)
ジャマール・ジュマ、パレスチナ反アパルトヘイト・ウォール草の根キャンペーン「東部の壁:我々をゲットーに閉じ込める輪が閉じる」 ZMag(ラマッラー、パレスチナ:2005年12月24日)

原注9 Applied Research Institute, "The ongoing Israeli violations in the Jordan Valley!" (Jerusalem, Palestine: 14 January 2006)
同前(原注6)

原注10 Data from organizations working on the ground in the Jordan Valley, and from the Occupation's Central Bureau of Statistics is incomplete. However anecdotal evidence supports the figures that are available, which suggest that there has been no sharp rise in the number of settlers.
ヨルダン渓谷の現地で活動している機関・組織のデータ、および、イスラエル政府中央統計局のデータ(不完全)より。厳密なデータでないとはいえ、入手できた数値を補佐してくれる諸々の話から、入植者の数が急激に増加していることはないと判定してよいと思われる。

原注11 Jordan Valley Councils joint press release, "The JICA project in the Jordan Valley" (Jordan Valley, Palestine: 13 November 2007), press release in Arabic in Appendix C
ヨルダン渓谷市町村評議会合同プレスリリース「ヨルダン渓谷におけるJICAのプロジェクト」(ヨルダン渓谷、パレスチナ:2007年11月13日) アラビア語のプレスリリースの原本は資料Cに掲載。

原注12 Takeshi Naruse, Resident Representative, Japan International Cooperation Agency Palestine Office, paper to the HiPeC International Peace-Building Conference, 8-9 March 2007, "【PDFファイル】Community Empowerment, Regional Development and Platform for Dialogues through Comprehensive Peace Building Approaches" (Hiroshima University, Japan)
成瀬猛、JICAパレスチナ事務局現地代表「包括的な平和構築のアプローチを介したコミュニティの支援・地域開発・対話のプラットフォーム」 HiPeC国際平和構築会議(2007年3月8-9日、広島大学)でのスピーチ・ペーパー

原注13 Presentation of Nitsan Levy (Hebrew University) and Yitshak Meyer (Environmental Protection Association) , "Feasibility Study for Cooperation in WWTP and Landfills for Israelis and Palestinians in the West Bank" (Antalya, Turkey:11 October 2004)
ニツアン・レヴィ(ヘブライ大学)とイツハク・メイヤ(環境保護協会)によるプレゼンテーション「西岸地区のイスラエル人とパレスチナ人のための廃水処理プラント(Wastewater Treatment Plant:WWTP)およびゴミ埋め立てプロジェクトでの協力体制に関する実行可能性の検討」(アンタルヤ、トルコ:2004年10月11日)

原注14 Palestine National Authority (PNA) and Japan International Cooperation Agency (JICA), "Feasibility Study on Agro-Industrial Park Development in Jordan River Rift Valley (Phase 1):Inception Report" (Japan: March 2007)
パレスチナ自治政府およびJICA「ヨルダン渓谷の農産業団地開発に関する事業化調査(フェーズ1):インセプション・レポート」(日本:2007年3月)

原注15 Japan's background paper on the Corridor for Peace and Prosperity
日本政府「平和と繁栄の回廊」構想のバックグラウンドペーパー
参照:【プレスリリース】 イスラエルとパレスチナの共存共栄に向けた日本の中長期的な取組:「平和と繁栄の回廊」創設構想 2006年7月

原注16 See the Kinrot Incubator website and the Israel Life Sciences Industry website
キンロート・インキュベーターのWebサイトおよびイスラエル・ライフサイエンス・インダストリイのWebサイトを参照。

原注17 イスラエルのE1計画に関しては多数のメディアの文書がある。2007年3月22日には、国連人権理事会(United Nations Human Rights Council)が、「マアレ・アドミーム入植地を拡大し、その周囲に隔離壁をめぐらせることによって、占領下にある東エルサレムを西岸地区の北部および南部と切り離し、東エルサレムのパレスチナ住民を孤立させることを企図した、イスラエルのいわゆるE1計画」に対して「多大な懸念」を表明した。
以下の「東エルサレムおよびシリアのゴラン高原を含む占領下パレスチナにおけるイスラエルの入植地」を参照。
"Israeli colonies in the Occupied Palestinian Territory, including East Jerusalem, and in the occupied Syrian Golan" (A/HRC/RES/2/4, A/HRC/2/9, 22 March 2007) (Googleによるキャッシュ・ファイル

原注18 Chris McGreal, "Israel seeks funds for separate Arab roads", The Guardian newspaper (London, UK: 6 September 2004)
クリス・マクグリール「アラブ人を分離する道路の建設に資金供与を求めるイスラエル」 ガーディアン(ロンドン、イギリス:2004年9月6日)

原注19 同前(原注18)

原注20 たとえば、世界銀行の報告書や、最近発表されたイギリス財務省の開発レポートで、パレスチナの経済の発展には移動やアクセスが重要だという点が強調されている。しかし、両者とも、現場での適切な協議に失敗したのち、占領を終わらせるのではなく、パレスチナ人を占領体制とともに生活できるようにするという提案をするに至っている。とはいえ、どちらも、入植地の経済拡大の支援を推奨するようなことは行なっていない。


JICA(国際協力機構)のヨルダン渓谷開発提案に対する意見書
ストップ・ザ・ウォール・キャンペーン
2007年11月

Stop The Wall Campaign http://stopthewall.org
原文:【PDFファイル】The Japan International Cooperation Agency's development proposals for the Jordan Valley (約677KB)
November 2007

翻訳:山田和子
制作:パレスチナ情報センター

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日本語版著作者:山田和子、パレスチナ情報センター
原文著作者:PENGON/Anti-Apartheid Wall Campaign

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