パレスチナ関連文書ライブラリー

なぜ、イスラエルが、自らにとって最悪の敵なのか

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京都の岡真理です。

テルアビブで開かれた、イスラエル市民による反戦デモに対する右派のカウンターデモのスローガンが、「ひとつの民族、ひとつの国家、ひとりの指導者」というものでした(Mmondoweiss: 'One nation, one state, one leader' — frightening slogan at Tel Aviv protest)。

これは、ナチスが掲げたスローガンです。

ホロコースト・サヴァイヴァーの娘であるサラ・ロイさんは、「占領とは、他者の人間性の否定である」と語っています(サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』青土社、2009年)。

イスラエルが西岸とガザを占領して今年で47年。そして、パレスチナ人の民族浄化とパレスチナの占領の上に自分たちの祖国を築いて66年。他者の人間性の否定が、国家の政策として半世紀以上にわたり遂行されてきました。その結果、イスラエル社会は、公然とパレスチナ人に対するジェノサイドが叫ばれ、レイシズムによるヘイトクライムが溢れ、そのことを国民の大半がなんとも思わないという異常な社会になってしまいました。

日本のマスメディアは報道しませんが、それは、決して、ごく一部の排外主義者が…という話ではありません。イスラエル社会全体がそうなってしまっています。反対意見の者たちも声があげられないという状況です(ガザ戦争応援デモでは、「アラブ人に死を!」とともに「左翼に死を!」と叫ばれています。)

占領は人間の魂を破壊するのだということ──占領されている者たちではなく、占領している者たちの魂を。

イスラエルのハアレツ紙のコラムニスト、ギデオン・レヴィがCNNに出演し、イスラエル社会のありようについて語っています。

なぜ、イスラエルが、自らにとって最悪の敵なのか

ギデオン・レヴィ
CNN 2014年8月8日

【記事の要点】

ギデオン・レヴィはイスラエルの日刊紙ハアレツのコラムニスト。過去25年にわたり、イスラエルによる西岸とガザの占領をカヴァーしてきた。著書に『ガザの罰』(2010年)など。

イスラエルには寛容が欠けている

私が月曜の午後、アシュケロンに着いたとき、通りは半ばガラガラでした。今般の戦争が進行するなか、ハアレツ紙はつい先日、イスラエル空軍のパイロットと、彼らのガザ爆撃がもたらした深刻な被害について私が書いた批判的な記事を掲載したところでした。

ガザからさほど遠くない、このイスラエル南部の町に私がやって来たのは、ガザとの境界近くに暮らすイスラエル人社会全体に広がっている恐怖について記録するためです。我が国で有数のリベラル紙のコラムニストとして、私は、自分の見解に対して人々が敵対的であるということには慣れています。しかし、今回の出来事は、今までとは違っていました。

チャンネル2のインタビューをおこなうため町の公民館に着くと、人々の一群がすぐさま私のまわりに群がって、私がこれまで見たこともないような攻撃的口調で私を罵りました。ごろつきどもが私を取り囲み、インタビューを続けさせまいと、カメラの前で飛び跳ねました。番組の司会者は放送を打ち切りました。群衆は私に侮辱の言葉を投げつけ、私のことを「ゴミ」とか「裏切り者」と呼び、イスラエル人パイロットを殺人者と私が主張したと言って──そんなことは言っていないのですが──、私を非難しました。

群衆がますます怒りを募らせたので、私は車に駆け戻り、公民館から急いで立ち去りました。男たちの叫び声が、アシュケロンの通りを車で走る私のあとを追いかけてきました。しかし、町のごろつきどもだけではないのです。イスラエルの著名人までもが公然と私を「裏切り者」呼ばわりしています。ネタニヤフ首相の政党の古参党員、ヤリヴ・レヴィンは、テレビで、私のことを戦時反逆罪を犯していると言いました。ハアレツは私の安全を保障するためにボディガードを一人雇ったほどです。この出来事で私の生活はひっくり返ってしまいました。

彼等は、私を黙らせることには成功していません。私は、この戦争の残虐性について、暴虐非道、民間人の大量殺人、ガザの恐るべき破壊について書き続けるつもりです。

パレスチナ人が人間でないなら、人権という問題も存在しない

しかし、私の話ではないんです。語られるべき話とは、紛争が始まってちょうど1ヶ月がたち、イスラエルの民主主義に先例のない亀裂が露わになっているということです。長年にわたり、イスラエル政府がナショナリズムを煽ってきたこと、レイシズムを表明し、非民主的な法制化を行い、西岸のパレスチナ人に対する「プライス・タグ」行動[入植者が占領下の住民に対しておこなうヘイトクライム]で誰ひとり司法の場で裁かれもしないこと──こうしたすべての不寛容が、私たちの面前で突然、爆発したのです。

反戦デモの参加者は、通りで、右派の暴徒らに襲撃されています。フェイスブックの個人ページで、批判的な発言をしたために職場を首になったという人々がいるということも伝えられています。ソーシャルメディアは人種差別的で民族主義的で、例外的なまでに残虐で無神経な内容で溢れかえっています。そうした内容が次々に何万人というイスラエル人に広がるのです。

数週間前、ラマト・ガンのある大学教授が自分の学生たちに電子メールで、彼らの家族が、たとえそれが誰であろうと、この暗い時代に安全であることを願っていると伝えました。優しさをシンプルに示したこの行動で、学部長はこの教授に、学生たちに謝罪させたのです。学生たちのなかに、教授の言葉に感情を害したと訴えた者がいたからです。イスラエル人の血とパレスチナ人の血を区別しなかったということが、イスラエルの学界の価値感に反し、2014年のイスラエルでは公然のスキャンダルになってしまうのです。

イスラエルの人権団体、ベツェレムは、イスラエルのメディアが決して、イスラエルの攻撃によるパレスチナ人の犠牲者の名前を口にしないということを憂慮しています。それで、ベツェレムは、ガザで殺された子どもたちの何人かの名前と年齢をリストにして、有料の意見広告を作りました。しかし、イスラエルの放送当局は、これを流すことを拒否したのです。政治的に議論を呼ぶ問題だから、という理由で。

そんな例は枚挙にいとまがありません。しかし、最大の問題は、ガザのパレスチナ人の子どもたちの殺害を応援したり、民家にイスラエルの爆弾が落ちるたびに喝采する、周辺的な過激派ではありません。最大の問題とは、イスラエルの主流派が、この戦争のあいだ、声を一つにして語り、いかなる種類の異議申し立てであろうと、あるいは、パレスチナ人の犠牲や苦しみや虐殺に対するほんのちょっとの人間的共感でさえ、まったく容認することができない、ということなのです。

すべては、非人間化なのです。イスラエル人がパレスチナ人を対等な人間として見なさないかぎり、真の解決などありえません。不幸なことに、パレスチナ人の非人間化が、占領を強化し、その犯罪を無視し否定し、イスラエル人がいかなる道徳的ジレンマも覚えることなく心安らかに暮らすことを可能にする最良の道具となっているのです。パレスチナ人が人間でないならば、人権にまつわる問いも存在しません。このプロセスが、今回の戦争で頂点に達したのです。これが、イスラエルを覆い尽くしている、道徳感の欠如の基盤なのです。

イスラエルの最良の価値の一つ──イスラエルがもっとも誇るべき源の一つ──とは、私たちの社会がリベラルで、民主的で、自由であることでした。しかし、私たちが今、自分たちに対して行っていることは、ハマースのロケット弾などよりはるかに私たちの存在を脅かすものです。イスラエルは「中東唯一の民主国家」を自称するのが好きですが、その民主主義とは、ユダヤ系市民にとってだけの民主主義であり、彼らは、イスラエルの戦車が国境を超えるたびに、たちまち主流派と肩を並べるのです。

つねにこんなふうだったわけではないかもしれませんが、しかし、この新たな現象がすっかり浸透しているのではないかと恐れています。誰もそれを止めるものがいないのです。イスラエルのメディアは商業メディアであろうと自由メディアであろうと、それと共犯しています。法制度や司法制度も後退しています。政治制度もです。私たちにはこれから先、この夏の傷が刻まれています。今回、イスラエルの攻撃反対を怖くて口にできなかった者が、次に立ち上がるなどということはもはやありえないのでしょう。イスラエルについてこれ以上に悪いニュースなど思いつきますか?

[翻訳:岡 真理]

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