パレスチナ関連文書ライブラリー

ジェノサイドの時代の愛 詠唱:ハイダル・イード

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京都の岡真理です。

先週末、実家に帰りました。70代半ばの母がガザで起きていることについて、「ガザの人たちは望んでいないのに、原理主義の武装勢力が勝手に戦争をしているんでしょう?」と、質問というよりも、同意を求めてきました。新聞とテレビだけしか見ていないと、そういう理解になるのだという典型的な例だと思います。

攻撃し大量殺戮しているのはイスラエルであり、いちばん悪いのはイスラエルでありながら、パレスチナ人に大量に犠牲が出るのは、ハマースが武装抵抗をおこなうからだというような理解をしている人々が多いのではないかと思います。そのような言説戦略をイスラエルが採っており、それを主流メディアがそのまま無批判に流しているからです(日本において、このメディア戦略は見事に成功していると言えるでしょう)。

こうした「理解」は2つの点で誤っています。

ひとつは、占領下や植民地支配下の住民はあらゆる手段を行使して、自らの解放(民族自決)のために闘うことが国際的に認められている、ということ。そして、「あらゆる手段」の中には武装抵抗も含まれるということです。

イスラエルはハマースその他の武装組織の武装解除を停戦合意の条件にしていますが、ガザも西岸も、もっと言えばイスラエルそれ自体が違法な占領地であり、そうである以上、占領下の住民たちの武装闘争はパレスチナ人に正当な権利のはずです。しかし、イスラエルは、ガザのパレスチナ人を大量殺戮することによって(それ自体が人道に対する罪であり、ジェノサイドの罪です)、彼らの正当な権利を放棄させようとしています。

ハマースが武装抵抗さえしなければパレスチナ人は殺されないのに、という考えは、イスラエルの目論見に加担することになってしまいます。占領さえなければ武装抵抗もありません。パレスチナ人に対するジェノサイドを止めるのであれば、ハマースの武装抵抗ではなく、不法な占領を続けるイスラエルこそが本来、非難されなければいけないはずです。

もうひとつは、単に攻撃が止んで攻撃開始前の既成事実──すなわち占領下での封鎖という状況──に戻るだけの停戦なら自分たちは要らない、あくまでも封鎖からの解放を求めて闘うというのは、ガザの住民たちの総意なのだ、ということ。このことは、ガザのさまざまな者たちが、世界に向けて訴えています。

愛する者を失い、家を破壊され、悲惨な境遇に置かれ、一刻も早く長期にわたる停戦を誰よりも望んでいるのは、ほかならぬガザの人々のはずです。その人々が、しかし、それでも、これだけの犠牲を払ってもなお、封鎖の解除を求めて闘い続けているのだということ。いま、カイロで長期的停戦のための協議が続けられていますが、ハマースの代表団は、そもそもが不法な封鎖の解除というガザの180万の住民たちの思いを実現するために、外交交渉という場で闘っているのだと思います。日本の主流メディアは、こうした声をほとんど報じていません。今日、先に紹介した「ガザの婚礼」でも、結婚式に込められた抵抗の思いは漂泊され、単なるエピソードとして消費されてしまったのではないかと思います。

もうひとつ、従来、パレスチナ人の抵抗というと、ハマースのロケット弾や自爆攻撃といった暴力的抵抗ばかりが論じられがちです。しかし、武装闘争は抵抗のひとつの手段に過ぎず、パレスチナ人はつねにすでに非暴力の抵抗闘争を闘ってきました。かぎりない抑圧の中で、自らの人間性を手放さないでいること、それもまた抵抗です。英語で人間の生の物語を紡ぎ、非人間化されたパレスチナ人の表象に人間性を回復すること、それもまた抵抗です。

ここで、ガザのパレスチナ人の非暴力のレジスタンスの例をもう一つ、ご紹介したいと思います。エレクトロニック・インティファーダでアリー・アブーニウマが、ガザのハイダル・イードのパフォーマンス・ヴィデオを紹介しています。

「ジェノサイドの時代の愛」と題されたそれは、エジプトの詩人の詩をイードが翻案し、それを、ガザのスライド写真をバックに詠唱しているものです。アラビア語が分からない方でも、その響きの美しさは堪能できると思います(原文サイトでヴィデオを見ることができます)。

この想像を絶する大量殺戮と大量破壊の中で、このような作品が生まれることに讃嘆を禁じ得ません。もてる資源を駆使して、このようなアーティスティックな形での抵抗が試みられているのだということ。ガザのパレスチナ人は、もてる手段のすべてを行使して、占領と闘っているのだということ。そのメッセージを深く受け止めたいと思います。

ジェノサイドの時代の愛 詠唱:ハイダル・イード

アリー・アブーニウマ
エレクトロニック・インティファーダ/2014年8月16日

パレスチナ人知識人でありアクティヴィストのハイダル・イードは、エジプトの詩人、故アブドゥルラヒーム・マンスールの詩を翻案したパフォーマンス・ヴィデオをつくった。言葉は飾り気のないものだが、ガザにおける今回のイスラエルによる集団虐殺のイメージを背景になされるイードの詩の詠唱は忘れがたいものだ。

(【注意】衝撃的な映像を含みます)

Love in the Time of Genocide- Performed by Haidar Eid

子宮の収縮と陣痛のあいだで
私たちは甦るだろう

子宮の収縮と陣痛のあいだで
知恵が生まれるだろう、
自由の歌が生まれるだろう

過ぎ去ってしまったもの、逝ってしまったもののすべてが、
なお、生まれている、あなたの瞳のなかで

ヴィデオの最後に現れるのは、イード自身の次のような言葉だ。

パレスチナ人、とりわけガザの人間たちは、1948年以来、果てしのない集団虐殺を生きてきました。私たちはもはや、抑圧の条件をただ緩和するための交渉などできません。権利のすべてか、さもなくば、何もないか、です。権利のすべてとはすなわち、占領の終結、アパルトヘイトと植民地主義の終結です。

[翻訳:岡 真理]

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