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イスラエル ガザ戦争に敗北、だが、ジャスティスを求める闘いは続く

ガザにおける何週間もの戦闘のあとで停戦合意、封鎖緩和を約束

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京都の岡真理です。

すでに報道されているとおり、昨晩、エジプト仲介の停戦案にパレスチナ、イスラエル双方が合意し、ガザのパレスチナ人に対するジェノサイド攻撃が、51日目にしてようやく、収束しました。

停戦合意について伝える記事を2本、ご紹介します。
エレクトロニック・インティファーダのアリー・アブーニウマの「イスラエル、ガザ戦争に敗北、ジャスティスを求める闘いは続く」と、Mondoweiss の編集記者、アレックス・ケインの「停戦合意、封鎖緩和を約束」です(後者は、前者の補足としてお読みください。短いものですが、アブーニウマの記事で触れていないことも書かれています)。

停戦の成立で、もうこれ以上、人が殺されないことに、私たちの誰もが安堵していると思います。でも、

停戦だけでは十分ではない。ガザを再建するだけでは十分ではない。封鎖が終わることさえ、十分ではない。それは、出発点に過ぎない
──アブーニウマ。

イスラエル ガザ戦争に敗北、だが、ジャスティスを求める闘いは続く

アリー・アブーニウマ
エレクトロニック・インティファーダ/2014年8月26日

イスラエルとパレスチナのレジスタンスが今日、停戦合意に達したことを祝うべき明確な理由がひとつある。51日間、昼夜を問わず、情容赦なく続いたイスラエルの集団虐殺と破壊がガザで終わりを迎えたことだ。

イスラエルがガザの境界再開に合意したという報道を受け、ハマースは勝利を発表、パレスチナ人、とくにガザの人々はこれを祝っている。一方、多くのイスラエル人のあいだに、敗北の苦渋感が漂っている。

「ネタニヤフとその仲間が、域内最強の軍隊と、たかだか1万人規模の勢力とのあいだの紛争で、イスラエルにもたらしたもの、それは、単なる敗北にとどまらない。破滅の始まりである。」[この戦争で]イスラエルがどれだけ後退したかを、[イスラエルの新聞]ハアレツ紙のアミル・オレンは、驚くべき率直さで認めている。

だが、[停戦という]最新の出来事に対し慎重な者たちもいる。

「手放しで喜ぶ気にはなれない。ただ、もうこれ以上、人や子どもたちが死なないということだけが嬉しい」と、ガザの作家、オマル・グレイエブは私宛ての私信に書いている。2100人以上が殺されたのに加え、「あまりに大勢の人々が負傷し、家が爆撃され、高層ビルは瓦礫となり、生活は歪められてしまった。ぼく自身は、ガザがこれからどうなるのかを注視していきたい。」

実際、イスラエルは、1993年のオスロ合意から前回のガザの停戦合意にいたるまで、これまでにパレスチナ人と調印したほぼすべての合意を侵犯することにかけては長い歴史をもっている。

イスラエルはパレスチナのレジスタンス側との2012年11月の停戦合意の一部として、ガザのクロッシング(出入り口)の開放に同意したが、その約束を裏切った。今回、イスラエルは、これらの合意事項を再度破ることが、より大きなリスクをともなうとことを分かってはいる。

停戦の条項

伝えられているところによれば、停戦合意の内容には、「ガザの出入り口すべてを開放すること、被害を受けたインフラの再建を認めること、再建のために必要な資材をガザに搬入するのを認めること、沿岸から6海里から12海里の距離での出漁を認めること」などが盛り込まれている。

ガザの出入り口──イスラエルの8年越しの封鎖によって閉鎖、もしくはその開放が厳しく制限されている──の開放は、パレスチナの市民社会全体が支持する、レジスタンス側の最重要の要求だった。報道によれば、一カ月後、パレスチナ側の他の要求──ガザの空港と港の再開──について討議するための会談が再び開始されることになっている。

詳細については依然、不明な部分もある。イスラエルが、クロッシング/出入り口の開放という合意を遵守することを誰が監視し、保証するのだろうか? 事実上、イスラエルと同盟しているパレスチナ自治政府の指導者、マフムード・アッバース派の勢力は、どのような役割を果たすことになるのか?

ガザの市民社会にとっては、[ガザの]再建が、イスラエルの西岸占領から暴利を得ているアッバースと結びついた腐敗した勢力に管理されないよう警戒し、そうならないようにするということも、決定的に重要なことだ。

イスラエルの敗北

以前、書いたように、もしも「勝利」なるものが、軍隊が死傷させた民間人の数や破壊した住宅、病院、モスク、あるいは学校の数で測られるならば、イスラエルは今回もまた、まぎれもない勝者である。この基準によれば、合衆国はヴェトナムでもイラクでも見事に「勝利した」ことになる。

しかし、イスラエルとパレスチナのあいだの将来的な関係を決定することになる政治的、戦略的なバランスシートという意味では、イスラエルは、戦場でも、国際的にも、明らかな敗北を被った。まず基本的なレベルでは、イスラエルはパレスチナに対し、爆撃を激化させる前には議論することさえ拒否していた譲歩をすることとなった。

一か月前、私は、イスラエルは2006年のレバノンで敗北したように、ガザでも敗北していると主張した。その評価は依然、有効だ。攻撃当初の、イスラエルによるガザに対する限定的侵攻は、苛烈な抵抗に遭った。何十人もの兵士が、十分に準備された勇猛なパレスチナ人戦士との戦闘で殺された。こうした多大な損害を被ったことが、イスラエルの軍事指導者たちに、ガザ全土の再占領はイスラエルには耐えることのできないであろう、さらなる損害をもたらすと確信させることとなった。

ガザに対し原爆を投下するのと等しい被害を与えてもなお、イスラエルは、パレスチナのレジスタンス組織が、イスラエルを狙ってミサイルを発射するのを止めることはできなかった。イスラエルの地上侵攻部隊はガザにほんの数百メートル入っただけであり、レジスタンス側の人員や施設の、大半とは言わないまでも、かなりの部分は無傷のままであり、イスラエルが再度侵攻したならば、すぐに使える状態にあると考えるのは妥当なことだ。

イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とモシェ・ヤアロン国防相はこれを理解し、深く分裂している極右の閣僚たちの投票に諮ることなく停戦合意に署名したのだった。2008-2009年のイスラエルによるガザ侵略当時、外務相だったツィピ・リヴニ司法相は停戦を支持したが、ハマースに政治的成果を与え過ぎないよう釘を刺した。レジスタンスのロケットの大半の射程内にあったイスラエルの南部入植地評議会の長たちは、停戦を糾弾した。

ハアレツ紙によれば、「ハマースに対するいかなる譲歩も、テロに対する降伏だ」と、アシュケロン市長、イタマル・シモニは語っている。「南部の住民たちは、この[停戦]キャンペーンが無効になってほしいと願っているが、しかし、おそらくそういうことにはならないだろう」と、シモニは付け加えた。シモニが意味するのは、勝利を達成するまで、すなわちガザからロケットが発射されなくなるまで、戦争が続いてほしいということだ。しかし、もっともタカ派に凝り固まったアナリストであろうと、そんな勝利が幻想であることは分かっていた。

今週初め、イスラエルの軍および諜報機関の上層部と近い、Yネットのコラムニスト、ロン・ベン=イシャイは嘆息しながら以下のように語った。「ひとつの軍事作戦だと思われていたものが、消耗戦争になってしまった」

「ハマースは[イスラエルからの]攻撃を招き、イスラエルが受ける被害よりもはるかに深刻な損害を被っているにもかかわらず」、そのような「消耗戦争は、ハマースにとってよりも、イスラエルにとって断然都合が悪い」とベン=イシャイは主張する。その理由は、彼が論じるには、「ハマースは弱者の力を揮っている。ロケットや迫撃砲を発射できるかぎり、屈しない戦闘力という見かけを装うから」だという。「ハマースはまた、イスラエルに対し損害や痛みをさほど与える必要がない」とベン=イシャイは主張する。「一発の迫撃砲が4歳の子どもをひとり殺せば、イスラエル人に対して深い感情的打撃を与えるには十分なのだ。非対称的な戦争とはそのようなものだ。」

ここにはレイシズムが見られる。イスラエル人は[パレスチナ人よりも]人命を大切にしており、それゆえ、ひとりひとりの死に対してより敏感であるという考え方だからだ。もし、それが本当なら、イスラエルは、人命に対する自らのその思いを、かくも多くのパレスチナ人、とりわけ、かくも多くのパレスチナ人の子どもたちを殺さないことで示しているはずだ。

しかし、そこには歴史的な現実もある。反植民地主義戦争においては、[植民地の]ネイティヴは、占領者たちに比べて失うものが少なく、得るものが多いということ、そして、自らの自由を勝ち取るために、甚大な犠牲を払う積極的意志がある、ということだ。

ガザのどれだけ多くの者たちが、これだけの耐え難き苦痛と損失/喪失を被りながら、にもかかわらず、降伏するつもりはないと言っていたか、人はただその事実に打たれるだけだ。

「この侵略的攻撃を生き延びることで、ニューライフ/新たな生が始まる。51日間に及ぶ絶えざるミサイルと爆弾を生きぬくこと、それが勝利です」、ガザの作家で現在は英国に留学中のマラカ・ムハンマドは私に語った。「自宅を7回以上も離れることを強制されても、翌日になれば自宅に戻ること、それが勝利です。隣人や友人や身内の遺体の上を駆け回ったあとでも強くあり、立ち直ること、それが勝利です」と、マラカ・ムハンマドは付け加える。「ガザに生きること、封鎖と侵略的攻撃に対するレジスタンスの最前線であることが勝利にほかならないのです」と彼女は言う。

生を愛することと、尊厳と自由を求める揺るぎなき闘いから生まれる、この立ち直る力こそが、イスラエルが、もっとも恐ろしい兵器によってさえ打ち負かすことのできない何かなのだ。

ベン=イシャイは昨日、書いた文章の中で次のように述べている。
「双方、一刻も早い停戦を望んでいることは間違いない。問題は、ハマースがその人々に、ガザの市民たちに提示できるような成果がない限り、停戦に合意しえないということだ。…同様に、イスラエル政府も、もし、ハマースに対してそのような成果を与えることに合意して、ハマースが戦闘終結後、再興する力がないということを証明できないなら、今回の戦いを行ったこととこれだけの死傷者が出たことを正当化できないということだ。」

ベン=イシャイが提案するオルタナティヴは、ガザに対するさらなる爆撃とガザの完全占領だった。合意に署名することでネタニヤフは、イスラエルは勝利できないこと、そして、レジスタンス側の主要な要求を呑むことが、彼に残された唯一の選択肢であることを認めたのだった。

ネタニヤフには、イスラエルの侵略的攻撃をどうしても終わりにしなければならない理由があった。中でも、国の経済的損失がますます大きくなっていたことだ。中でも最悪なのが、観光業のダメージだ。イスラエルを訪れる者の数は2007年以来、最低に落ち込んだ。

しかし、イスラエルには国内政治の駆け引きと、そもそも、処罰されることなくパレスチナ人に対してできうる限りの苦しみを与えたいという傾向があるので、イスラエル側には、これまで同意した、どんな限定的な条項であろうと、それを何としてでも損ないたいという強い動機がある。

ガザを封鎖し服属させておきたいというイスラエルの強硬な姿勢は、向こう一か月のあいだに始まると報道されている協議が、多大な障害に直面するであろうことを意味している。

ジャスティス/公正を求める闘いは続く

今回のイスラエルによる攻撃で弟を亡くしたガザの作家、教員であるリファアト・アル=アリールも今日の合意を「野蛮な植民地権力に対する象徴的勝利──ガザにとっては一歩、そしてパレスチナにとっては大きな飛躍」と見ている。

アル=アリールは言う、

「これは勝利だ。なぜなら、ガザは膝まずかなかったから。なぜならガザは、イスラエルを阻み、孤立させることができると証明したから。なぜならガザは、アパルトヘイト国家というイスラエルのおぞましい素顔を、そしてイスラエルに対し武器を供与するのを止めない合衆国のおぞましい素顔を白日の下にさらしたから。なぜなら、世界中の人々がますます一つになり、あらゆる実効的手段によって、この不正を終わらせることをますます固く心に誓っているから。

これは勝利だ。なぜなら、これは、パレスチナ人と、パレスチナのために闘う世界中の人々をひとつにしたから。これは勝利だ。なぜなら、ボイコット、投資引上げ、制裁(BDS)キャンペーンが今や、これまでにも増して力を得て、より効果的になっているから。

これは、勝利だ。なぜなら、より多くの人々が、ただ祈るだけでなく、BDSを実行するという実際的行動によってパレスチナを支えようと心に決めたから。」

アル=アリールの言葉を聞いて私たちは、イスラエルがもたらした言語に絶する恐怖から、ガザのパレスチナ人が肉体的、感情的、精神的に回復するための困難な道を歩み始めようとしている今、ジャスティス/公正に向けた取り組みの手を休めるわけにはいかないことに気づく。

彼の言葉で私たちは次のことにも気づく。イスラエルは、世界中の数多くの政府や企業その他の機関の支援と共犯なしに、このようなおぞましい暴虐を犯し得なかった。イスラエルによる占領とレイシズムを維持しようという奮闘はグローバルなものだ。そうであるがゆえに、それらを打ち破るための闘い──とくにBDS──も、グローバルでなければならないのだ。

停戦だけでは十分ではない。ガザを再建するだけでは十分ではない。封鎖が終わることさえ、十分ではない。それは、出発点に過ぎない。

二度と繰り返さない、と我々は言わなければならない。2006年にガザを強大な野外監獄すると決めて以来イスラエルは、2006年、2008-2009年、2012年、そして2014年と、何年にもわたりパレスチナ人を集団虐殺してきた。イスラエルがこのようなことを繰り返すのを二度と許してはならない。

決定的に重要なこと、それは、このような暴力が、パレスチナにおいて「ユダヤ国家」を維持するために支払わなければならない対価だということを理解することだ。[繰り返される]集団殺戮を止めるための唯一の道、それは、ジャスティス/公正を求める私たちの取り組みをますます強化することだ。

そして、イスラエルによるアパルトヘイトと植民地化を終わらせ、その地の人々すべてのための一つの国を創ること──そこにおいて難民たちはもはや、レイシズムの法によって排除されることなく、自分たちの土地/国に帰還する──、それだけが、命を暴力的に奪われたかくも多くの人々のために建てる価値のある唯一の記念碑である。


ガザにおける何週間もの戦闘のあとで停戦合意、封鎖緩和を約束

アレックス・ケイン
Mondoweiss / 2014年8月26日

過去7週間にわたりガザで戦争を行っていたイスラエルとパレスチナの武装諸組織は、戦闘の終結を約束する停戦合意に署名した。合意の全条項はまだ明らかになっていないが、報道機関の伝えるところによれば、合意には、ガザの封鎖緩和と双方の攻撃停止が盛り込まれているという。

伝えられている合意内容は、ガザに対する今回のイスラエルの攻撃によって終わりを迎えた2012年の合意と同様のものだが、この[イスラエルによる封鎖緩和と攻撃の停止という]合意の条項はまったく履行されなかった。パレスチナ側の要求の核である封鎖緩和が本当に実行されるのかどうかは不明である。2012年の合意では、合意内容を順守させるためのメカニズムが存在しなかったが、今回もまた、合意を遵守させるメカニズムはどうやらないようだ。それでも、パレスチナの諸党派の代表らは、この合意を勝利として祝っている。ガザの人々も通りに繰り出して祝いに参加している。

「我々は2012年の合意と同様の停戦に合意することができた。合意には、国境の開放、建築資材の搬入が盛り込まれている」、イスラーム聖戦当局者のズィヤード・ ナハーラは、戦争中、停戦交渉が行われていたカイロで取材を続けるガーディアン紙の記者に語った。

報道によれば合意には、エジプトとガザの国境にあるラファ検問所の開放と、ガザ沿岸部の漁業海域の制限緩和も盛り込まれている。パレスチナ自治政府がラファ検問所のパレスチナ側を管理するが、これは、2007年にハマースとファタハがガザの支配をめぐって短期間戦闘を行う前の国境管理の状態に復帰するということだ。ガザの農地を覆い尽くしている、イスラエルとの境界線に接する緩衝地帯も緩和される予定。

ハマースが要求したその他の主要事項──パレスチナ人の囚人の釈放、ガザの空港と港の開放、イスラエルが妨げていた、政府職員に対するカタルからの基金の送金など──は、一か月以内に話し合われる予定である。ハマースはまた、2人のイスラエル人兵士の遺体を保有していると言われており、これが捕虜交換の実現につながる可能性がある。

イスラエルにおける反応ははるかに陰鬱だ。合意は、閣僚の同意を得ることなく、ベンヤミン・ネタニヤフ首相が一方的に署名したものだった。その連立政権のパートナーであり政治的ライヴァルでもあるナフタリ・ベネット[極右政党「ユダヤ人の家」党首]とアヴィグドル・リーバーマン[極右政党「イスラエル我が家」党首]は停戦に反対している。この戦争の結果を受けて、首相が政治的に敗北することは確実だ。首相の支持率は最近になって82%から38%に下落している。パレスチナのロケットや迫撃砲の矛先となっていたイスラエル南部の政治当局者は、停戦を激しく非難した。「ハマースに譲歩するのは、テロに降参することだ」とアシュケロン市長はハアレツ紙に語った。

停戦合意は、ガザにおけるこれまででもっとも激烈な戦闘に終止符を打った。50日以上に及ぶ戦争でパレスチナ人の死者は2100人を超えた。大半は民間人。そして11,000人が負傷。500人以上のパレスチナ人の子どもたちが殺された。また、パレスチナ側の攻撃で、64人のイスラエル兵と5人の民間人が殺された。イスラエル南部の街から大勢が避難した。

ガザの多くのパレスチナ人にとっての重要課題は再建である。イスラエルの爆撃や砲撃によって破壊を免れた街区はひとつもない。47万5000人のパレスチナ人が家を追われ難民となり、そのうちの多くが帰るべき家を失っている。

[翻訳:岡 真理]

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