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Stop無印良品キャンペーン:アパルトヘイト国家イスラエルへの出店に反対します
Stop無印良品キャンペーン

2010.09.02

ロシアの人権侵害を阻止するための署名にご協力ください

Posted by:情報センター・スタッフ

 アムネスティが呼びかけ、当パレスチナ情報センターも賛同団体となった、ロシアの人権侵害を阻止するための署名運動が始まりました。

 パレスチナに直接関わる署名ではないので、ここで紹介するのは異例のことではありますが、この署名運動にも関わっている チェチェン総合情報 の大富亮さんからぜひにと賛同を呼びかけられました。大富さんは、日ごろからパレスチナ関係の集会にも参加され、世界的な視野で大国エゴに翻弄される民族問題に取り組むために、連帯を模索されています。当情報センターとしては、たまにはこちらからも呼びかけに答えなければと思いました。
 みなさんのご協力をお願いします。

ロシア:窒息寸前の自由、「消される」人びと/オンライン署名

紙の書名用紙もダウンロードできます。

http://d.hatena.ne.jp/chechen/files/20100818_amnesty_b.pdf (別のウインドウで開きます) (表)

http://d.hatena.ne.jp/chechen/files/20100818_amnesty_a.pdf (別のウインドウで開きます) (裏)

<要請内容の日本語訳>

 過去10年にわたり、ロシアの指導者が人権の義務を監視していると繰り返し公約したにもかかわらず、ロシアにおける個人や市民社会の活動家は、もっとも基本的な人権を著しく侵害され続けています。

・ 人種差別に基づいた民族的少数者への襲撃が拡がっています。その結果、2010年の最初の4カ月間で数十人が殺害され、100人以上が負傷しています。

・ 人権擁護活動家、ジャーナリスト、弁護士や学識者が脅迫され、投獄され、さらに殺害されています。

・ 集会や表現の自由の権利に対し、不必要かつ不公正な制限が課されています。

・ 芸術家、芸術批評家、歴史家が合法的な仕事と自らの意見を表明したこと  によって、訴追され禁固刑に直面しています。

・ チェチェン、イングーシ、ダゲスタンにおいて数千人が行方不明となって  います。法執行機関は対テロ作戦を実行する中で基本的な国際人権基準をない  がしろにしています。

・ 警察署や公式・非公式の拘禁施設、流刑地、軍の内部において、拷問や虐  待がいまだに「日常的」な手続きとして行われています。

 これらすべての人権侵害は、加害者が処罰されないという広範な風潮の中で起こっています。

 私たちはメドヴェージェフ・ロシア大統領に、このような状況を変え、人権侵害と免責を止め、人権の尊重を掲げ、国際人権基準とロシアの法の支配を守るよう要請します。

<賛同団体>

アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)/核とミサイル防衛にNO!キャンペーン/憲法を生かす会/市民平和基金/SYI 収容者友人有志一同/ジュマ・ネット/ソウル・フラワー・ユニオン/チェチェンニュース編集室/チェチェン連絡会議/ティナラク織の会「カフティ」/難民を支援し連帯する会/パレスチナ情報センター/ピースネット/東ティモール全国協議会/非戦図書館人の会/フォーラム色川

2010.07.22

『インパクション』175号、「終わらない植民地支配 国境を超える抵抗ーー沖縄・パレスチナ・グアム・アイヌ」

Posted by:情報センター・スタッフ

『インパクション』の最新号175号の特集に、東京大学UTCPで3月に開催した対談イベント、メロン・ベンヴェニスティ氏と上村英明氏による 「パレスチナの〈破壊の歴史〉と〈共生の未来〉を語るーーパレスチナとアイヌ、入植と征服の歴史比較」 (UTCP&情報センターの早尾貴紀が司会)の、対談部分の全文が掲載されました。

 また、情報センター関係では、早尾貴紀がシュロモー・サンドの『ユダヤ人の起源』(ランダムハウス講談社)の書評「ユダヤ・ナショナリズム神話の解体からイスラエル・ナショナリズムへ?」を、役重善洋が「入植地企業アハバの違法製品の流通を見逃すな」を、それぞれ書いています。


画像表示

 他にも本特集では、重要なパレスチナ関係の新刊の書評、ミーダーン『〈鏡〉としてのパレスチナ――ナクバから同時代を問う』(現代企画室)、および、ジャン・ジュネ『シャティーラの四時間』(鵜飼哲/梅木達郎=訳、インスプリプト)、そしてナージー・アル・アリー『パレスチナに生まれて』(露木美奈子訳、いそっぷ社)、ヤコヴ・ラブキン『トーラーの名において』(平凡社)などがあります。

 巻頭座談会は、「起源の暴力と軍事占領ーー沖縄とパレスチナをつなぐ抵抗の論理」(阿部浩己・天野恵一・湯浅一郎・田浪亜央江)。ほかに、シンポジウム「ホロコーストとイスラエルを考える」(鵜飼哲・芝健介・山口里子・岡真理・徐京植)。  他にさまざまなレポートが掲載されています。

 ぜひ買ってください。

2010.06.28

ジャン・ジュネ『シャティーラの四時間』、ついに刊行!

Posted by:早尾貴紀

 イスラエル軍によるレバノン侵攻時に起きたパレスチナ人難民キャンプの虐殺の直後に現場を歩いた作家ジャン・ジュネによるルポルタージュ「シャティーラの四時間」が、インタヴューやジュネ論を加えて一冊に。

ジャン・ジュネ、『シャティーラの四時間』
(鵜飼哲/梅木達郎=訳)、インスプリプト、2010年

 パレスチナ難民と〈ともにあり〉、パレスチナの戦士に〈寄り添った〉、根無し草の放浪作家ジャン・ジュネ。
 もしそのジュネがいまのパレスチナを見たら何を語るだろうか。

 パレスチナへの関わり方を問い直す一冊でもあるだろう。

 鵜飼氏によるジュネ論収録。
 ジュネのインタヴューは、鵜飼氏の友人で私の師でもある梅木達郎訳。
 また私が資料として、パレスチナ国民憲章を訳した。

 目次詳細は、 インスクリプトのサイト で。

2010.06.14

パレスチナの皆さんへ、ある南アフリカ人より

Posted by:情報センター・スタッフ

南アフリカのアパルトヘイト政権下を生き、アパルトヘイトおよびそれが意味するすべてのものから自由になるために闘った私たちにとって、パレスチナは多くの点で、未だ終わらぬ私たち自身の闘いなのです。
ファリッド・エサック

サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会の開催を受けて、南アフリカに注目が集まるとともに、これを機にアパルトヘイトに興味を持たれた方も多いかもしれません。

そこで今回は、南アフリカのアパルトヘイトと同時にイスラエルのアパルトヘイトにも思いをはせるべく、南アフリカで反アパルトヘイト運動を経験したファリッド・エサックさんが、いまなおアパルトヘイト下にあるイスラエル/パレスチナを訪れたときに書いた「パレスチナの皆さんへ、ある南アフリカ人より」という文章を紹介します。


パレスチナの皆さんへ、ある南アフリカ人より

ファリッド・エサック
Farid Esack
2009年4月25日

親愛なるパレスチナの兄弟姉妹の皆さん、あなたの土地を訪れた私は、そこに私自身を見いだしました。私が生まれ育った祖国は、かつて、一部の人間が、他の人々の安全を踏みにじった上に自分たちの安全を打ち立てることができると信じていたのです。彼ら彼女らは、自分たちの肌の色が明るく、ヨーロッパからやってきたのだから、何千年もその土地に暮らしてきた肌の色の暗い人々の持ち物を奪う権利があると主張しました。私が生まれた国で、アフリカーナーと呼ばれる一群の人々(編注:南アフリカ共和国に住む白人の内、主にオランダ系入植者を中心にした人々)は、英国により本当に傷つけられた経験を持っていました。英国はアフリカーナーを軽蔑し、その多くを強制収容所に入れたのです。アフリカーナー人口の6分の1近くが命を落としました。

それからアフリカーナーは「もう二度とごめんだ!」と言いました。彼らはそのとき、自分たちが被害を受けるのは二度とごめんだと考えましたが、自分たち自身が他の人々とどう関係するかについては何も配慮しなかったのです。痛みの中で、彼らは、自分たちは約束の地に住むべく神から選ばれた人々であるとの理解を培ったのです。そこで彼らは土地、他の人々の土地を占領し、黒人の安全を踏みにじり、その上に自分たちの治安を打ち立てました。その後、彼らはかつて敵だった者たちの子孫──今や「イングランド人」と呼ばれていました──と同盟を組みました。単に「白人」と呼ばれたこの新たな同盟は、黒人に対する戦いを開始し、黒人たちは、白人の人種差別主義とアフリカーナーの恐怖心および自分たちが選ばれた人間であるという考えにより、追い立て、搾取、周縁化といった恐ろしい犠牲を無理やりに支払わされたのです。もちろんそれに加えて、単なる貪欲という、古(いにしえ)の犯罪の犠牲ともなりました。

アパルトヘイト政策が布かれた南アフリカ、私はそこから来たのです。

皆さんの暮らす、パレスチナの地に着いたとき、既視感が避けがたく襲って来ました。二つの地が似ていることに強い印象を受けたのです。ある意味で、私たちは皆、歴史の子どもです。それでも、進んで他の人々の物語にうたれることもあります。たぶんその力こそ、道徳と呼ばれるものなのでしょう。目にしたことに対していつも介入できるわけではありませんが、それでも、見て心をうたれる自由を私たちはいつでも持っています。

人々が自由のために、ブルドーザと銃弾、機関銃と催涙ガスに立ち向かう。そんな地から私はやってきました。私たちは、抵抗が流行遅れになったときに抵抗を行いました。私たちが解放を手にした今、誰もが、自分たちはこれまでずっと私たちを支援していたと声高に語ります。この状況は、第二次世界対戦後のヨーロッパに少し似ています。第二次世界対戦中、ナチに抵抗した人はわずかでした。しかし戦争が終わったとき、ナチ支持者はどこにも見つからず、大多数の人々は、ナチに対するレジスタンスをずっと支持していたと主張したのです。

普段ならば「適切なところ」に心がある、普通の礼儀正しい人々が、イスラエル、そしてパレスチナ人の追放と苦しみの話題となると、言葉を濁すことに私は驚いています。今、私は、「礼儀正しさ」とは何か、疑念を抱いています。「客観性」や「中庸」、「双方」の言い分を聞くといったことに限界はないのでしょうか? あからさまな不正に対して「中庸」であることは、本当に美徳なのでしょうか? かつて父親から虐待を受けていた男性が家庭内暴力で女性をひどく殴りつけている状況で、「彼」もまた「犠牲者」だからといって、双方の言い分に「平等に耳を傾ける」べきなのでしょうか?

私たちは、世界に向けて、今すぐパレスチナ人の追放に反対し、行動を起こすよう呼びかけます。検問所で日々行われている侮辱、パレスチナの人々を自らの土地と生計、歴史から隔離するアパルトヘイト・ウォールの屈辱をやめさせ、抵抗した人々に対する拷問や裁判なしの投獄、暗殺に反対して行動を起こさなくてはなりません。人間であるならば、同時代に行われている邪悪を目にしたとき、反対の行動をとらなくてはなりません。たとえそうすることが「セクシーでない」行為だったとしても。邪悪を認めて行動することは、真に私たち自身を高めることにつながります。弾圧や追放、占領に直面したとき私たちは行動します。人類の中で品位を貶められている人々がいるときに沈黙することで、私たち自身の人間性を失ってしまわないように。あなたの人間としての価値を貶めるような事態が起きるなら、それは私の価値も貶めることになります。本当のところ、皆さんを守るために行動することは、現在の誇るべき自分であれ将来攻撃される恐れがある自分であれ、自分「自身」を守ることでもあります。

道徳とは、自分が属するエスニック・グループや宗教コミュニティ、民族を越えた利益にもとづき行動をとる力に関わります。世界観および他人に対する振舞いが、宗教や生存、治安、民族性などどのような名目であれ、完全に自己中心主義によって形成されているならば、その人自身が自ら被害者になってしまうのは時間の問題です。「実生活」だとかリアルポリティークといった考えをそれ自身、価値あるものとして持ち出すとき、人類は、より倫理的な理屈に訴えているとしても、ほとんどの場合、利己主義の振舞いに出てしまいます。ですから、実際には石油とか戦略的優位を追い求めているとき、自分たちは民主主義を広める原則に従っているのだとか、さらには自分が行っている奴隷の搾取について、奴隷制度の犠牲となっている黒人はアフリカに置き去りにされると餓死するからといった気分の安らぐ言い訳で自分の行動を正当化したりするのです。真の人間──立派な人──になることは、まったく違ったことです。狭い利害関係を超越する力、そして人間であることを深化させることが他の人々の安寧と関係していることへの理解に関わります。隔離がドグマやイデオロギーにまでなると、隔離が法と法執行機関により強制されるようになると、それはアパルトヘイトと呼ばれます。一部の人が、単にあるエスニック・グループに生まれたからといって特権を享受し、その特権を使って他の人々の持ち物を奪い差別するとき、それはアパルトヘイトと呼ばれます。そうした態度を生み出すもととなったトラウマがいかに純粋なものであっても、そうした態度の基盤にある排他的な宗教的信念がどれだけ深いものであっても、それはアパルトヘイトと呼ばれるのです。それが、トラウマと、世界の無関心と罪とに対処しているのだとしても、それをもって他の人々にトラウマを与え、他の人々に関心を向けないことは決して正当化されません。そのようなとき、隔離は、ただ単に、同じ空間を共有する他の人々に対する無知の基盤となるばかりではありません。他の人々が被っている苦しみと屈辱を否定する基盤ともなってしまいます。

私たちは、抑圧者たちが個人あるいは集団として経験したトラウマを否定しません。私たちが否定するのは、単に、そうであるから他の人々が犠牲にならなくてはならないという考えなのです。そうした苦しみを、政治的・領土的な意図を持つ膨張主義に悪用することを拒否するのです。帝国主義勢力が、地球のこの地域に信頼できるお仲間を欲しがっているという理由で、人々が追い立てという犠牲を払うことに私たちは憤慨します。

南アフリカ人として、パレスチナの人々の生と死について声を上げることは、他の人々の苦しみに共謀はしない道徳的な社会を実現するという私たち自身の夢を救済することでもあります。もちろん世界には、抑圧や追放、周縁化の事例が他にもあります。それでも、そうした多くの事例の中で、アパルトヘイト体制下で暮らし、それを生き延びて克服した私たちにとって、何よりも目につくのはパレスチナなのです。実際、南アフリカのアパルトヘイト政権下を生き、アパルトヘイトおよびそれが意味するすべてのものから自由になるために闘った私たちにとって、パレスチナは多くの点で、未だ終わらぬ私たち自身の闘いなのです。

ですから、アパルトヘイトと闘った私たちがここパレスチナに来ると、ある意味で、ここが、私たち自身が苦しめられてきた時代を思い起こさせる地であることを見出すのです。デスモンド・ツツ大司教(編注:ネルソン・マンデラらとともに反アパルトヘイト運動を担った著明な南アの平和活動家)が次のように言ったとき、彼はもちろん正しかったのです。彼は、パレスチナ人の置かれた状況を見ると「南アフリカで我々黒人に起きたことの多くを思い起こす。……どうして我々はかくも忘れやすいのだろうか? ユダヤ人の姉妹兄弟は、自分たちが受けた屈辱を忘れてしまったのだろうか?」と言っています。けれども、様々な点で、ここパレスチナの皆さんの地では、私たちがアパルトヘイト政権下で目にしたよりもはるかに残虐で冷酷で非人間的なことがなされているのを目にします。パレスチナの兄弟姉妹の皆さん、私たちは、ある意味で、皆さんが置かれている状況への注目を引くために皆さんが、南アフリカで私たちが置かれていた状況を指すための言葉を使わなくてはならないことに、当惑を感じます。

南アフリカの白人はもちろん黒人を支配しました。けれども、ここパレスチナとは違い、彼らが黒人の存在そのものを否定しようとしたり、完全に追放を望んだりしたことはありません。被占領者に何の権限も与えない軍事占領を経験したこともありません。家屋破壊、自由の戦士らしき人物の親戚が所有する果樹園の破壊、親戚の追放といったかたちで、多くの野蛮な集団的懲罰を受けることは、南アフリカではありませんでした。アパルトヘイト政権時代の南アフリカの裁判所が拷問を合法化したこともありません。南アフリカの白人が、南アフリカの黒人を侮辱する白紙委任状を、ここパレスチナの入植者が持っているように手にしたことはありません。途方もないアパルトヘイトの熱狂的支持者でさえ、ここパレスチナの壁のように恐ろしいものを想像したことはなかったでしょう。アパルトヘイト警察が、子供たちを作戦の盾につかったこともありません。アパルトヘイト軍がほとんど民間人からなる標的に戦艦や爆弾を使ったこともありません。南アフリカの白人は「安定群落」を構成しており、数世紀を経て単に黒人と折り合いをつけなくてはならかっただけです(それが、彼らが経済的に黒人に依存しているという理由のみからであったにせよ)。イスラエルは新旧、改宗者、再改宗者、再生者を問わずすべてのユダヤ人を取り入れる場所だとするシオニストの考えは、非常に大きな問題です。その場合、隣人たちと接触する衝動は起きようもありません。そのため、古くからの隣人たちを民族浄化で取り除き、その間中ずっと新たな隣人を迎え入れることになるようです。

アパルトヘイトに抵抗した私たち南アフリカ人は、何世紀も続いてきた弾圧を終わらせるにあたって国際連帯が果たしたかけがえのない役割を理解しています。今日、私たちには、自由を求めるパレスチナ人の闘いに貢献するほか、選択肢はありません。その際、私たちは、パレスチナ人の皆さんの自由が同時に多くのユダヤ人が完全に人間的になることにも貢献することを十分理解しています。ちょうどアパルトヘイトの終焉が南アフリカの白人も解放したのと同じように。私たち自身の解放運動の最中、私たちは、自由への闘いが同時に白人も解放することをいつも思い起こすようにしてきました。ジェンダーの権利侵害が男性の人間性を減ずるのと同じように、アパルトヘイトは白人の人間性も減じてきたのです。解放により、抑圧者の人間性も回復します。この点ではイスラエルも例外ではありません。南アフリカの解放闘争集会を行うとき、しばしば演説者が「一人を傷つけることは?!」と呼びかけると、人々は「皆を傷つけることだ!」と応えていました。当時、私たちはその言葉をいささか狭い意味で解していました。もしかするといつでも、この言葉を狭い意味で理解するように私たちはできているのかも知れません。今わかっているのは、パレスチナの人々を傷つけることは、皆を傷つけることだということです。他の人々に危害を加えると、必ずそれは、攻撃者に戻ってきます。他人の肌を切り裂きながら、自らの人間性を保とうとすることはできません。このアパルトヘイト・ウォールという奇怪な怪物を前に、私たちは代替案を提案します。パレスチナの人々との連帯。私たちは、隔離を乗り越え、不正を克服し、貪欲と分断、搾取を終わらせる皆さんの闘いをともに歩むことを約束します。

アパルトヘイト下の南アフリカでも今日のイスラエルでも、昨日の被抑圧者が今日の抑圧者になることを目にしてきました。それだからこそ、私たちは、民族性や宗教にかかわらず誰もが平等で自由に暮らせる社会を実現するというビジョンにおいて、皆さんを支援します。

私たちは、我らが祖国の父でありパレスチナの人々にとっても英雄であるネルソン・マンデラの言葉から今も勇気を受け取っています。1964年、彼は反逆罪で有罪を宣告され、死刑を求刑されました。彼は判事たちに顔を向け、次のように言ったのです。「私は白人支配に対して闘って来ました。また、黒人支配に対しても闘ってきた。私は、すべての人がともに仲良く暮らし、平等に機会を持つような、民主的で自由な社会の理想を心に抱いている。その理想は私の生きがいであり、私はそれを達成したい。けれども、必要ならば、その理想はまた、喜んで私の命を捧げるものでもある」。


原文:To Palestinians, From a South African
Farid Esack
Friday, April 24, 2009

翻訳:益岡賢


パレスチナからの反アパルトヘイトへの呼びかけや多くの反対の声を無視して、日本企業として歴史上初めてイスラエルへの出店計画を進めている無印良品に、どうかあなたの声を届けてください。詳しくは、下記のサイトに掲載しています。

Stop無印良品キャンペーン

2010.06.10

『〈鏡〉としてのパレスチナ』刊行記念シンポ/支援船団攻撃問題にも触れて

Posted by:早尾貴紀

 ミーダーンが一年間かけて開催した連続セミナー「〈ナクバ60年〉を問う」が、編集・加筆を経て一冊となり刊行されました。たんにパレスチナ/イスラエルを多面的に論ずるだけでなく、そこに映し出される同時代とそこに生きる私たち自身を問い返すための、多くの契機を含んだ本になったと思います。

 ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編
 『〈鏡〉としてのパレスチナーーナクバから同時代を問う』
  現代企画室、2010年5月刊行、2520円(税込)
 (表紙と目次は こちら

 本書の刊行を記念して、シンポジウムを6月27日(日)に開催いたします。浜邦彦さんと大富亮さんをコメンテーターに迎え、それを受けて討議をおこないます。
 また周知のように、現在パレスチナ/イスラエルをめぐっては、封鎖下のガザ地区に向けたヨーロッパからの人道物資支援船団がイスラエル軍によって多数の死傷者を伴う激しい攻撃を受けたことをめぐって、世界的に大きな議論を呼んでいます。連続セミナーでも日本からパレスチナへの「関わり方」を自覚的に模索してきたミーダーンとしては、当シンポジウムにおいても、この情勢を受けた議論をシンポジウムに組み入れたいと考えています。
 ぜひご参加ください。

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  『〈鏡〉としてのパレスチナ』刊行記念シンポジウム
  〜〜イスラエルへの対抗言説から〈別の現実〉へ〜〜
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第一部 『〈鏡〉としてのパレスチナ』私はこう読む
   [コメンテーター]浜邦彦(カリブ研究/早稲田大学)
            大富亮(チェチェン・ニュース発行人)

第二部 現局面における支援/連帯とは
      :ガザ自由船団襲撃から見えるもの
   [パネリスト] 鵜飼哲(フランス文学・思想/一橋大学)
           太田昌国(南北問題・民族問題研究/現代企画室)
           早尾貴紀(社会思想史/パレスチナ情報センター)
           田浪亜央江(パレスチナ政治文化研究/ミーダーン)

■日時
 6月27日(日)14時30分〜17時30分(開場14時00分)
 ※終了後、交流会があります。

■場所
在日本韓国YMCA 304・305教室
(東京都千代田区猿楽町2−5−5/JR水道橋駅より徒歩6分、地下鉄神保町駅より徒歩7分)
地図

■参加費 800円
※ただし、当日会場で『〈鏡〉としてのパレスチナ』を購入される方、またすでに購入してお持ちの場合は、同書を持参し受付で提示された方は、入場無料です!(入場料を払った後に会場で購入された方には、購入時に入場料をお返しします。)
なお会場では、書籍を当日限定で割引特価(2520円を2200円)にて販売いたします。ぜひこの機会にお求めください。

■主催
ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉

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