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パレスチナ情報センター

2004.10.18

映画『コラボレーター』の描いたこと(前編)

Posted by :早尾貴紀

 夏のエルサレム映画祭で観た作品の一つ『コラボレーター』について、何か書かなくてはと思いつつ、三ヶ月くらい経ってしまいました。コラボレーター問題は、パレスチナに関わる諸問題の中でもっとも深刻なものの一つであり、共同体を精神的にも物理的にもその内部から破壊するものであるために、外部から軽々しく触れることが難しく、書き出すのがためらわれ、書いては行き詰まり、そして書き直し、、、という繰り返しをしていました。以下、一度観ただけの映画について、記憶に頼って書きますので、数字などはかなりあいまいです。ご了承ください。

 コラボレーターとは、日本語にすれば「対敵協力者/内通者」というような意味になります。もっとも広く取れば、この百年の歴史の中でシオニズム運動に対して土地を売却したパレスチナ人地主らも含まれますし、またユダヤ人やイスラエル国家との妥協を何らかの形で模索するパレスチナ人政治家も含まれるでしょう。他方で、その意味をやや限定的に狭く取れば、一般のパレスチナ人住民で、地元地域で日常の生活を送りながら、イスラエル軍やイスラエル諜報治安機関に情報提供をしたり作戦協力をしている人、ということになります。通常は、この後者の意味で使われます。イスラエルが建国された1948年以降はイスラエルに残ったパレスチナ人に対して、そして 1967年の第3次中東戦争による西岸・ガザの占領以降はその占領地のパレスチナ人に対して、イスラエル側はコラボレーターを作り出し利用をするという戦略を取ってきました。
 多くのケースが、何らかの理由でイスラエルによって逮捕・拘留を受けたパレスチナ人が、拘置所・刑務所にいるあいだに、ときには拷問によって強制的に、ときには金銭供応によって買収され、ときには本人の弱みや家族を盾に取られて否応なく、さらにひどいときには女性に対する性暴力が利用されることによって、コラボレーターが作り出されてきました。コラボレーターとなった人は、イスラエルの軍や諜報機関のオペレーターを通じて出された指令に従って、身内や近所の人の動向を探り通報したり、場合によっては武器の供与を受けて指示された人物の暗殺をさせられることもあります。
 そしてその人物がコラボレーターとして働いていたことが発覚した場合どうなるのか。スパイをされていたパレスチナの側、とくに政治組織や武装組織にとっては報復というだけではなく、他に潜んでいるあるいはこれから生まれるコラボレーターへの「見せしめ」として、ほとんどのケースがリンチや公開処刑を受けることになります。

 さて、その映画の話に入ります。この映画はドキュメンタリーで、かつてコラボレーターとして働いていたことのある二人の「その後の人生」を取材したものです。一人はガザ出身のムーサ。12人もの子供がいて貧しかったためか、お金のためにイスラエル軍に情報提供をするようになり、10数年もコラボレーターとして働きました。もう一人はナブルス出身のマジッド。早くに両親を亡くし、路上生活をするうちにイスラエル軍に拘束をされ、拘置中にコラボレーターになるように買収をされました。約8年の活動の中で、3人をイスラエル軍の指示によって殺害、5人に重傷を負わせました。そしてこの二人とも、コラボレーターとして働いていたことが発覚。当然、地元には居られなくなり(ナブルスで働いていたマジッドは、親族から監禁・暴行を受け、体中に傷跡をつけていました)、イスラエル側に保護を求めて逃げ込みました。
 しかし、イスラエル側は彼らに保護を与えるでしょうか? イスラエルのために文字どおり命懸けで長年働いていた彼らですから、働いていた側からすれば、彼らを一生手厚く面倒を見てしかるべきです。しかし現実には「使い捨て」になります。イスラエルからすれば、「用済み」です。彼らに使用価値はもはやありません。しかも、彼らを厚遇すれば、コラボレーターの使用を公然と認めたことにもなりますから、黙殺したいのが本音でしょう。しばしばこうした用済みのコラボレーターは、南テルアヴィヴやさらに南のバート・ヤムなどに送致されます。そこは貧民街・外国人街であり、「同じ」社会の除け者としては比較的入り込みやすい街だからです。ときには南テルアヴィヴと接するヤーファーに送り込まれることもありますが、イスラエル国籍のパレスチナ人が比較的多いため、元コラボレーターであるということがバレやすく、地元住民から追い出されることがあります。この二人も、ロシアから来た移民労働者、しかも性産業で働く女性らとともに、南テルアヴィヴの老朽したアパートに住んでいました。ガザから逃げてきたムーサは、それでもイスラエル当局から身分証明書(ID)を取得することができ、「イスラエル市民」として合法的に滞在をすることができています。とはいえ、仕事まで斡旋をしてもらえるわけではなく、麻薬ディーラーとして小金を稼いで生活を立て、そしてガザの家族への送金を続けています。
 片や、ナブルスからきたマジッドは、かろうじて三ヶ月更新の短期許可証しかもらえず、それさえも彼をコラボレーターとして使用していたイスラエル軍のオペレーターをその都度探し出して、そのオペレーターに証明をしてもらわなければその許可も得られない。なぜか。コラボレーターには雇用契約など存在するはずがなく、ただ彼を使用していたオペレーターの証言のみが唯一の証拠であるからです。ところがオペレーターも本名は使わずつねにコードネームで呼ばれているため、マジッドが身の危険を冒してナブルス近郊の軍事基地まで出かけてオペレーターを探そうとすると、窓口で一言「そのような名のオペレーターはいません」とすげなく追い返される。ある時、滞在許可証の期限が切れ、イスラエルにいることさえ不安定になったマジッドは、軍の事務所の冷たい対応にブチ切れをします。「オレはクソったれなコラボレーターだよ! お前らのために3人も仲間をブッ殺してんだ! 5人も再起不能にしてんだ! お前らのためにだよ!」と大声で怒鳴り散らす。さらには近くの交差点に陣取って、出入りする車の中に彼のオペレーターがいないか待とうとする。さすがに係官が彼を諭して、「そこにいたら地元の人に見つかるおそれもある。オペレーターを探すから、今日のところは帰ってくれ。」と言ってきました。

 こうして、このドキュメンタリー映画は、イスラエルではほとんど知られていない「元コラボレーターのその後の生活実態」を映し出します。確かにこれはこれで衝撃的な映像であり、多くのイスラエル人が知るべき事実を伝えてはいるでしょう。 (続く)

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