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パレスチナ情報センター

2006.02.14

新労働党首アミール・ペレツって誰?

Posted by :早尾貴紀

 イスラエル選挙関連で続きます。
 オルメルト首相代行が、病気で倒れたシャロンの後継として脚光を浴びるかたわらで、その一足先に、巻き返しを図る労働党では、党首選が12月にあり、現職だったシモン・ペレスが敗れ、アミール・ペレツが新しい顔になりました。そのペレツって何者でしょうか。
 イスラエルでは、労働組合が結成する労働総同盟ヒスタドルートの顔として、アミール・ペレツはその議長職を10年間務めてきました。もちろんそれは国内での活動でしかないため、国際的には知名度はありませんので、日本ではもちろんなじみのない名前です。そこに、ペレツがモロッコ出身の移民である、つまりミズラヒームと言われる中東系ユダヤ人であるということがニュースで伝わると、長年エリート・アシュケナジームを支持基盤としてきた労働党に「新風」が舞い込んできた、とか、さらに彼が労働組合の活動家だということで、社民主義の復活だとか、そういう好意的な受け止め方がなされているようです。

 表面的に一定そういう意見が出るのは仕方がないことですが、どうもアシュケナジーム=労働党支持、ミズラヒーム=リクード支持という単純化された固定観念が広がりすぎているために、過度にペレツの登場がさも衝撃であるかのように書いたり、あるいは期待を寄せる意見がいくつか目につきました。
 しかしこれは、皮相な見方だと言わざるをえません。

 以下主に、『Challenge 95号 06年1-2月号』に掲載されている、アサフ・アディヴの「アミール・ペレツ:ピンク色の資本主義」の論旨を紹介する形で、ペレツへの好意的評価がいかに幻想かを記しておこうと思います。(ちなみに『Challenge』誌はイスラエル内のパレスチナ人とユダヤ人で構成する反シオニスト団体が発行している雑誌です。いくつかの翻訳が パレスチナ・オリーブ草の根ニュース にあります。)

 まずは労働党の党首選の結果を見ます。約10万人の党員のうち6万人が投票に参加し、アミール・ペレツも当時現職だったシモン・ペレスもそれぞれ約4割の得票、僅差でペレツが勝ちました。つまり約2万4千票、絶対得票率で4分の1程度にすぎないのです。これは、対抗馬の弱さ、他の選択肢のなさがペレツ勝利の要因であって、とくだん社民主義やましてや社会主義の復興などではありません。

 シモン・ペレスは、ラビン元首相の片腕(外相)として、オスロ合意の立役者、つまりパレスチナ自治政府との交渉を始めた人でありながら、最後には労働党首としてシャロン政権に参加しました。そのことが意味するのは、「パレスチナに交渉相手はいない」という立場の「一方的撤退」を支持し、さらにはネオリベラリズム的経済政策も支えてきたということです。
 他方アミール・ペレツは、ヒスタドルート(イスラエル労働総同盟)の議長を1995年から10年間務めてきましたが、その間、一時は労働党員を辞して、アム・エハッドという党(政党というよりも圧力団体だった)を結成し、労働党やリクード党に対して労働組合の利益擁護のために動いてきました。そのペレツを労働党に呼び戻したのは、他ならぬシモン・ペレスでした。ペレスは、ライバルであり元首相であるエフード・バラクの政界復帰の動きを牽制・阻止するコマとしてペレツを起用したのですが、しかし、結果としてペレツはペレスの目論見を越えて権力欲が強く、党首選の結果は、言わば飼い犬に手を噛まれた格好になりました。
 ペレスが直々にペレツを呼び戻したことからも明らかなように、ペレツとペレスのあいだで政策・主張は基本的に一致しています。つまりそれは、ペレスが支持したシャロンとその後継たるオルメルトの「一方的撤退」と「分離壁建設」を、ペレツもまた支持している、ということです(そもそも「分離壁」はシャロン以前に労働党政権のもとで発案されたものでしたが)。実際、彼の撤退案は、 オルメルトの撤退案 と変わるところがありません。

 ヒスタドルート議長であったペレツにとっては、政治問題としてのパレスチナ和平よりも社会経済問題のほうが重要事項であるのは当然のことですが、それはたんに優先順位の問題ではなく、ペレツは占領地からのパレスチナ人労働者をイスラエルの労働市場から排除することを積極的に主張してきました。一方的分離と壁建設はまさにその主張に沿うものです。ヒスタドルートという純ユダヤ人主義の、つまりシオニズムの労働組合を代表している以上、彼の立場は論理的に明確に「反パレスチナ」になります。
 加えてペレツは、ヒスタドルートの持っていた膨大な持ち株会社の私有化を推し進め、労働者よりも資本家・雇用者との接触に関心を払いました。彼に雇われた経済参謀は、元世銀のスタッフであり、ペレツの赤色(社会主義)イメージを「白色化」することに努め、「新自由主義と融合させる」と明言しました。(これがアディヴ論考のタイトル「ピンク色の資本主義」の意図です。)

 以上のことから、アディヴは、アミール・ペレツが、あくまでシャロンやシモン・ペレスと基本姿勢において差異を持っているわけでなく、パレスチナ和平も社民主義もすっかり抜け落ちていることを指摘します。なおアディヴによると、短期的には(つまり今回の選挙では)、表面的な「ミズラヒームと労働党」という組み合わせイメージにより一定の成功を得るかもしれないが(つまり議席増)、長期的には理念を失っている労働党の凋落を阻止することはできないだろうとのことです。

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