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2008.05.01

イラン・パペ、日本講演集、刊行!――パペの仕事の全貌が読める

Posted by :早尾貴紀

 昨年来日したイスラエルの反ユダヤ主義の歴史家、イラン・パペ氏の日本講演集が、質疑応答部分も含めてすべて日本語に翻訳されて刊行されました。

  『イラン・パペ、パレスチナを語る――「民族浄化」から「橋渡しのナラティヴ」へ』
     ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉編訳
     つげ書房新社、2008年、2800円
   ・内容の詳細については こちら

 イスラエル建国=パレスチナの大災厄(ナクバ)から60年。パペ氏は、この歴史的出来事を、明確に「民族浄化(エスニック・クレンジング)」と定義づけることで、ベングリオンらシオニスト主流派の責任を明確化すると同時に、パレスチナ人の民族としての存在を否定しつづけているという点で、現在イスラエル国家がおこなっていることをも一貫して「民族浄化」であると批判しています。

 とはいえ、パペ氏の主張はイスラエル批判にとどまりません。では、どうすれば未来を構築できるのか。これを安直な「相互和解」論に走らずに、具体的かつ批判的な対話の実践による試行錯誤から「橋渡しのナラティヴ(bridging narrative)」を提言します。
 これが成立するには、まずは何よりもイスラエルのユダヤ人マジョリティが、自らの特権性・加害性を認識し、それを乗り越えることが求められており、それによって初めてパレスチナ人との対話への扉が開きますし、またそのことによって、パレスチナ人に対しても、旧来の党派中心的なナラティヴを批判し、真にユダヤ人・パレスチナ人双方の「民衆」が共有できるナラティヴを、共同作業によって模索できる、というわけです。

 その他、この講演集のなかでは、他のイスラエルのニューヒストリアンの限界・矛盾の指摘や、あるいは、北アイルランドや南アフリカ共和国などの民族問題との類比などがなされています。さらに、質疑応答のなかでは、日本や東アジアの文脈に応じた議論が展開されています。
 この一冊によって、「ナクバ」の問題だけでなく、近現代の世界史全体に関わる広い視点からパレスチナ/イスラエルを見通せるようになること請け合いです。

 なおこの講演集の編訳には、 ミーダーン〈パレスチナ・対話のための広場〉 があたりました。
 パペ氏の招聘にあたったのは、東京大学の 共生のための国際哲学教育研究センター(UTCP) であり、そのリーダーである小林康夫氏と研究員である私(早尾)が協議して招聘を決めました。「共生」の問題を、それがもっとも困難な現場に、実践的に携わっている研究者を招きたいという小林氏の提案に、最も適しているのがパペ氏だと思われたからです。
 また、UTCPの厚意によって、大学外で共催のかたちで市民集会などをもつことが可能となったため、私も一員である「ミーダーン」で市民向け集会を開催しました。さらに、日本に先駆的にパペ氏の業績を紹介してこられた臼杵陽氏に相談をして、パレスチナ/イスラエルの専門家向けの講演ももつことができました。
 この日本講演の様子については、 こちら

 この全三回の講演を通して聞くと、異なる聴衆を前に、異なる切り口からパペ氏が講演をおこなっていることがよくわかり、また、すべての会でしっかりと質疑応答の時間をとり、しかもすべての質問に対して、パペ氏は真っ正面から受け答えをしていました。
 この全三回の講演と質疑を、三章立ての書物にすれば、パペ氏の問題意識や講演意図がよく見えてくると思い、また当日参加できなかった人にも広く共有してもらえると考え、ミーダーンが中心となって、他の二回の講演録も合わせて、一冊の書物にまとめることにしたものです。
 膨大な録音時間がありましたが、驚くべきことに、パペ氏の発言の濃密さは、どこの部分をとっても省略や要約を許すようなものではなく、まさに一言一句を厳密に聞き取り、ていねいに解釈しながら翻訳作業をしなければなりませんでした。
 限られた時間のなかでの苦しい共同作業になりましたが、しかし、パペ氏の来日当時に聞き流してしまっていた部分や十分に理解できていなかった部分などが、この翻訳作業によって鮮明に浮かび上がりました。自分の耳が信用できないことも思い知りましたが、それ以上に、翻訳しながらパペ氏の講演内容にある種の感動まで覚えていたことを告白したいと思います。

 パレスチナ/イスラエルに関心を寄せる方には必読の講演集です。ぜひお読みください。

【補足】
 UTCPブログの書籍刊行報告はこちら。
「イラン・パペ講演集、刊行――パレスチナ/イスラエル現地から「共生」への倫理を問う」

 また情報センター(「市民の意見」より転載)の 「パペから学ぶ歴史認識と多文化共生」 もご参照ください。

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