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2009.01.13

正戦論の倫理思想家マイケル・ウォルツァーのガザ攻撃正当化について

Posted by :早尾 貴紀

 イスラエルのガザ侵攻をめぐって、いろいろと貴重な発言、良心的な発言が翻訳紹介されています。
 しかしもちろん、こういった発言が世論の主流を占めているわけではなく、稀少だからこそ拾われて紹介されているということでもあるわけです。

 ここで反対に、ひじょうに巧妙にイスラエルの軍事攻撃を正当化する議論を紹介します。論者はマイケル・ウォルツァー(Michael Walzer)。アメリカの政治思想・倫理思想の研究者で、日本でも、その主要な著作が次々と(もう10冊も!)翻訳紹介されている人気の思想家です。共同体の倫理と人権の理論で知られます。
 そして彼は、〈9・11〉のときも、アメリカの軍事行動を正当化する代表的イデオローグとして名を馳せました。

 それだけではありません。ウォルツァーは、もはや古典とも称される正戦論、『正しい戦争と不正な戦争』を1977年に刊行し、とうとうそれがつい最近になってこのタイミングで日本語に訳されたのです。同書の原書は、91年に第二版、2000年に第三版と、新版を重ねてきました。力は正義というリアリズムでもなく、絶対平和主義的反戦でもなく、正しい戦争と不正な戦争を区別できるという議論をしています。
 ウォルツァーの著作がどんどん日本語に訳されるなか、本書の訳はなかなか出ませんでしたが、とうとう出たのがいまというのは、残酷な気がします。
 というのも、同書においてウォルツァーは、1967年の第三次中東戦争(イスラエルが西岸地区やガザ地区などを全面的に占領した戦争)を正当化し、また、それ以前に西岸地区がトランス・ヨルダン領だったときにおきたパレスチナ人村の虐殺(リッダ近くでユダヤ人3人が殺害された報復と称して50数人の村人を虐殺)をも正当化したのです。
 このロジックの背後には、「イスラエル=西欧=味方」/「パレスチナ=非西欧=敵」という二項対立が隠されていることをエドワード・サイードは批判しました。(このあたりの議論については、早尾貴紀『ユダヤとイスラエルのあいだ』(青土社、2008年)の第8章で詳しく検証しています。ご参照ください。なお、同書の最終章は、ハマスの06年の選挙勝利を受けて書かれていますので、まとめて読んでいただけるとなお幸いです。)

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 さて今回もやはりと言うべきか、自らが編集する雑誌 『Dissent』のオンライン版 で、イスラエルの軍事行動を正当化する文章を発表しました。 「ガザ戦争と均衡」 (2009年1月8日)。
 ウォルツァーは、「均衡/proportionality」をキーワードに、今度のイスラエルの攻撃が「不均衡/disproportinate」だという批判、すなわちハマスのロケット弾に対してイスラエルの軍事攻撃が不釣り合いに過大であるという批判に対して、反批判を加えているのです。
 均衡・釣り合いのとれた攻撃というのは、「目には目を」ではないので、同じ数の人間を攻撃するという意味ではない、とウォルツァーは主張します。第二次大戦や湾岸戦争の例を挙げ、「何人の市民が犠牲になれば、連合軍や多国籍軍の攻撃が釣り合いが取れているということになるのか?」と問いかけ、数の問題ではないところで正義の戦争(攻撃の正当性)がありうるというわけです。つまり、最悪の犠牲者数が発生する前段階で(それを想定し)それを阻止するための攻撃は正義だ、と。

 この段階からすでに議論が作為的なのですが、ここからさらにウォルツァーの議論は巧妙になっていきます。
 「攻撃の均衡は将来予測的で思弁的なものなので(最悪の被害が現実のものとなる前に、そうなることを予測してのものだから)、攻撃の正当化についてはきわめて慎重になる必要がある」とウォルツァーは語り、これによってその後に展開するイスラエルのガザ侵攻の正当化が慎重に判断されたものであることを臭わせ、そして、こう言います。「ある攻撃を不均衡な暴力だと批判する者は、たんにその暴力が嫌いであるとか、あるいはその暴力を行使している人たちのことが嫌いなのである」、と。
 こうしてウォルツァーはそれと明示せずに、しかし、イスラエルのガザ攻撃を非難する人びとは、たんにイスラエルが嫌いだから「不均衡だ」と言っているに過ぎないのだ、と臭わせ、対比的に自分が慎重に判断した結果イスラエルの正当性を認めていることを強調するわけです。

 ここからウォルツァーは具体的にイスラエルとガザ・ハマスのことに踏み込んでいきます。
 ◆ 6月〜12月の半年間の停戦の前は、ハマスが飛ばしていたのは射程の短い手製のロケットだったが、その後に飛ばしたのは射程の長い外国製で30〜40キロは飛ばせた、したがって、さらに半年後にどうなるかを予測すれば、テルアヴィヴまで飛ばせることになるだろう(だから、このタイミングでの攻撃は正当だ、とウォルツァーは言いたい)。
 ◆ イスラエルは05年のガザ撤退後、いかにしてハマスのロケット攻撃を止めることができるかという議論を重ね、さまざまな政策の試行錯誤があった(だから、その努力の果てに空爆に踏み切ったのは正当だ、とウォルツァーは言いたい)。
 ◆ 06年のレバノン戦争のとき、国連事務総長アナンは、イスラエルの反撃が「不均衡だ」として批判すると同時に、ヒズブッラーがガリラヤ地方の人口密集地にロケット弾を撃ち込んだことも批判した。今回のハマスもそれに当たる(だから、ハマスが悪い/イスラエルの攻撃は正当だ、とウォルツァーは言いたい)。
 ◆ 軍隊というものは(つまりイスラエル軍もとウォルツァーは言いたい)、目的達成(イスラエルの場合ハマス排除)のために市民の被害を最小限にするための戦術をとっている。逆にハマスの場合はそういう戦術を選んでいない(だからイスラエル軍のほうに正義がある、とウォルツァーは言いたい)。

 実はウォルツァーはこうストレートには言っていません。カッコ( )のなかは明言してはないのはもちろん、だいたいは問いのかたち、あるいは批判者への問いかけなのでそれ自体が反批判になっているのですが、ともあれ、自分の思考の慎重さを最大限にアピールすることでイスラエル軍の正当性を訴えるというレトリックを駆使しています。

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 いい加減、日本のウォルツァー好きの面々には、粗雑なダブルスタンダードでしかないものを糊塗するためのレトリックに心酔するのはやめてほしいと思うのです。
 どうしてウォルツァーは、ガザ地区の隅から隅までを爆撃できる軍事力を保持しているイスラエルの正当性について、そしてそれの恐怖させられる150万人のガザ住民の生活については、正面から向き合うことがないのでしょうか。射程が伸びたどうこうというのは、核ミサイルも公然と保有し(まさか隣接するガザ地区には使わないにせよ)、最新鋭の戦闘機・爆撃機・重戦車をもつイスラエルの前では、まったく比較にならない些事です。
 もちろん論理としてはイスラエル市民の恐怖ということは成り立つでしょう。しかし、もしそれを認めるなら、全ガザ住民ののしかかる恐怖のほうがはるかに大きく、しかも現実の攻撃に日々さらされており、したがって、いつどんなタイミングでイスラエル側に攻撃を加えてもいいということになるでしょう。ウォルツァーの論理(破綻)にしたがえば、そうとしかなりません。

 イスラエルはガザ撤退以降、ロケット攻撃を止めさせるために努力を積み重ねてきたというのは、そうでしょうか? まず05年夏のガザ撤退というのは、入植地をなくしただけで、ガザが陸海空すべてにおいて閉鎖された監獄であるという状況は悪化しこそすれ改善はありませんでした。これがガザ市民を追い込まなかったとでも? このフラストレーションが爆発しないとでも?
 加えて、 「06年1月ハマス政権発足からの3年間のガザを振り返る」 を追えば明らかなように、ハマスからのロケット発射の前には必ずと言っていいほどイスラエル軍による休戦破棄の攻撃があります。これがロケット弾を誘発しなかったとでも?
 何を以て「ロケット攻撃を止めさせるための努力」というのでしょうか。

 人口密集地への攻撃についても、はるかにイスラエルにこそあてはまる批判であり、まず真っ先にそのことを問うことこそが、「均衡」というものでしょう。人口密集地と言うなら、ガザ地区全体がそうです。逆に、ガザ地区から発射されたロケット弾の99%以上が周囲のネゲヴ砂漠などの人口稀薄地域に落ちています。1%未満が町に着弾することをもって、「人口密集地への攻撃」だとするなら、その批判は100倍になってイスラエルに跳ね返されるべきでしょう。
 ガザ地区からのロケット弾はいいんだと言うつもりも毛頭ありませんが、もしウォルツァーのレトリックにのるのであれば、そういうことになるよ、ということですが。

 そして、イスラエル軍は目的達成のために市民の被害を最小限に食い止める戦術をとっているとのことですが、ここまで大々的に市民を犠牲にし、いくつもの陰惨きわまりない虐殺事件を引き起こし、それでいてここまで言うことのできる倫理思想家ウォルツァー氏の厚顔無恥さには、驚嘆するほかありません。

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 そして私は、日本におけるウォルツァー思想人気については、耐え難い非倫理的なものを感じています。こうした時事的発言をさておいて主著の議論には意味がある、などという使い分けは認めません。彼の倫理思想とこのガザ侵攻の正当化は、通底し一貫しているものです。
 すでに、前掲拙著『ユダヤとイスラエルのあいだ』でウォルツァー批判には手をつけていますが、いずれさらに踏み込んで展開するつもりです。

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