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2011.02.17

アルカサバ・シアター「アライブ・フロム・パレスチナ」7年ぶりの再演

Posted by :早尾貴紀

 2004年に初来日した際に、アルカサバ・シアターが上演した 「アライブ・フロム・パレスチナーー占領下の物語」 が、このたび日本で再演されました。7年ぶりです。

 初演と初来日は第二次インティファーダの真っ最中。その軍事占領下の異常な現実をブラックユーモアにして笑い飛ばしつつ、異常が日常になっている倒錯した現実世界をを深く考えさせられる名作。今回も台本・演出はほぼ同じ。となると、かえってそれゆえに、この「7年間」の意味を考えさせられました。

 初演当時、イスラエル軍の戦車が走り回り、戦闘ヘリが飛び回っていたときとは異なり、いまでは大規模な軍事行動は報道されず、また実際イスラエル側からすると、治安状態は「安定」している、ということになるのでしょう。しかし、占領は終わっていないのはもちろん、むしろ静かな分、占領は高度になっている、と言えます。軍事検問所はどんどん大規模かつ効率的になっていき、ほとんど国境管理並みです。高い隔離壁もぐるっと西岸地区を囲んでしまいました。
 冷静に考えれば、存在すること自体が異常な物体が、恒久的な建造物として出来上がり、そしてそれが日常になり、そして日々そこに暮らしている人からすれば、それはもはや風景となってしまっているわけです。7年間の歳月は、非日常を日常化してしまうプロセスを象徴している、と思いました。

 このあいだ、初めてパレスチナに行くという人たち数人を、ベツレヘムやヘブロンなどに案内しました。検問所、隔離壁、入植地、そういったものに、みな衝撃を受けていました。新聞では読んでいても、自分の目で見るのは大違い。もちろん、現実を目で見てショックを受けてもらうために連れて行ったとも言えるわけですが、僕自身は2002-04年と長期滞在し、その後も毎年訪問していると、驚くのは壁や検問所そのものではなく、最初はとんでもない代物だったものが、いつの間にかあるのが当然のものと化してしまっていることに衝撃を受けてきました。
 7年間、あるいは僕が初めてパレスチナに行った第二次インティファーダ前の1990年代と比べると、すさまじい変化、怒濤の悪化なのですが、しかしそれが現実として定着していってしまい、それに抗うことがほとんど不可能な状況になっているのです。どんどんそれが日常化していっている。
 そして、初めて訪れる客人たちは、いきなりその現実を見て衝撃を受けるわけですが、初めて案内者となってみて、気がついたことはこのギャップ、つまりその地の生活者の感覚と初めての訪問者の感想との落差です。

 そういう経験をついこのあいだしてきたために、今回7年ぶりに「アライブ・フロム・パレスチナ」を見て、異常事態の日常化ということの意味をよりはっきりと理解できたように思います。
 残念なことに、7年経っても台本を変える必要がないほどに、異常事態は固定化・強化されてしまっている、ということなのでしょう。

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