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2012.02.04

対イスラエル文化ボイコットはなぜ必要か? 〜アパルトヘイト国家に利用される「蜷川ブランド」

Posted by :役重善洋

1月12日、演出家の蜷川幸雄氏は、イスラエルのテルアビブで、日本・イスラエル国交樹立60周年記念事業として今年12月に東京とテルアビブで「トロイアの女たち」を上演すると発表した。ユダヤ系とアラブ系のイスラエル人および日本人の俳優が共演するという。国際的に著名な日本の文化人がイスラエルの国家的イベントに参与するのは、ガザ虐殺直後、2009年の村上春樹のエルサレム賞受賞以来のことと言って良いだろう。

蜷川氏は、村上春樹のエルサレム賞受賞に対して国際的な批判があったことを意識して、「文化的なボイコットはすべきではない」(2月4日付朝日新聞)と述べている。その一方で、「中東和平は簡単に解決できる問題ではないが、『他者をどうやって容認できるのか』という命題に引き戻すところから始めざるを得ない」とも述べている。パレスチナ問題を、こうした「パレスチナ人とイスラエル人の民族紛争」という表層的レベルにおいて、蜷川氏のような著名人に語らしめることこそが、イスラエルの狙う「文化戦略」なのだと言える。

蜷川氏がテルアビブで記者会見した前日には、イスラエル最高裁は、イスラエル人と結婚したパレスチナ人の国内居住権を認めないとする 人種差別判決 を出した。イスラエル国籍をもつパレスチナ人(つまりアラブ系イスラエル人)と被占領地のパレスチナ人からなる数千の家族が一緒に暮らす権利を否定されたことになる。また、この1月だけでも、イスラエル軍は、西岸地区ヨルダン渓谷でパレスチナ人が所有する建物約20軒を破壊しており、 同地区における民族浄化政策を着実に進めている

現ネタニヤフ政権のもとでますます凶暴化している対パレスチナ人政策は、アメリカによる年間30億ドルの軍事援助および国際社会の「不処罰の伝統」に支えられたアパルトヘイト犯罪であり、蜷川氏の言う 「対立する人々の文化や言語をつなぐ」 といった認識の下で解決できる問題ではない。パレスチナ人が国際社会に呼びかけている BDS(ボイコット・資本引揚げ・経済制裁)キャンペーン は、イスラエルが好む二項対立的な民族主義の発想に基づくものではない。むしろ、武装闘争を中心とした第二次インティファーダに対するパレスチナ人の中での批判的反省を背景に、国際法違反の人種差別政策をイスラエルにやめさせるための非暴力的手段として、より普遍的な理念に基づいて提起されたものである。 賛同するイスラエル市民 も全体としては少数派ながら増えつつある。

パレスチナ人を支配抑圧するための莫大な経費の下で慢性的な経済危機状況にありながら、軍事的政治的な支援を国際社会から受けることによって、イスラエルはグローバル経済の荒波の中をサバイバルしてきた。貿易立国であるイスラエルにとって、文化交流を含めた国際的な「風評」は死活的意味をもつ。逆に言えば、文化ボイコットをはじめとしたBDSキャンペーンは、イスラエルのアパルトヘイト政策を破綻させるための有効な手段になり得るということである。南アフリカのアパルトヘイト政策廃絶の背景にも、国際的なボイコット運動があったことが思い起こされるべきであろう。イスラエルの国家犯罪をこれ以上容認しないという国際社会の意志を同国に対して明確に伝えることこそがイスラエル版アパルトヘイトの廃絶――パレスチナ人とイスラエル人の真の人間的解放――に向けた第一歩となる。

蜷川氏にわずかでも批判的知性があるのであれば、自らのブランド力がイスラエルのアパルトヘイト政策延命のために利用されつつあることを自覚すべきである。そして、虐殺する側が設定した舞台で、虐殺する側の資金を用いた演劇を演出することに「紛争解決」への希望を見出すような幻想を振り捨て、虐殺される側の苦境に少しでも接近するための文化的営みに向けて芸術家としてのエネルギーと感性を用いるべきである。

参考: 公開書簡:テルアヴィヴのカメリ劇場での上演に反対を表明して(mizya/Artists Against Occupation)

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