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パレスチナ情報センター

2020.08.12

欧米諸国における反BDS法の展開

Posted by :役重善洋

トランプ政権による一連の親イスラエル政策の中に、2019年12月11日に署名された「反ユダヤ主義との闘いに関する大統領令」がある。これは、差別禁止法である1964年公民権法の解釈において、国際ホロコースト記憶アライアンスが2016年に定めた「反ユダヤ主義の実用的定義」を参照することを求めるものである。「反ユダヤ主義の実用的定義」では、「ユダヤ人の自決権を否定すること。例えば、イスラエル国家の存在を人種主義的企てであると主張することによって」、「現代のイスラエルの政策をナチスのそれと比較すること」といった具体例が挙げられており、イスラエル建国の不当性・不法性を指摘することを含むシオニズム批判全般を反ユダヤ主義と混同させることが露骨に目論まれている。

この動きは、キャンパスにおけるBDS(ボイコット、資本引き揚げ、制裁)運動を容認する大学への助成金停止を可能にするためのもので、同内容の法案が2016年以降、連邦議会で3度にわたり提出されては、その度に表現の自由を保障する合衆国憲法修正第一条に反するとして否決されてきた末に取られた措置である。つまり、イスラエルロビーが数年来取り組んできた政治キャンペーンが憲法の壁に阻まれ行き詰っていたところを、大統領令を使って無理矢理に目的を達成したということである。

しかし、欧米のマスメディアにおいても、反ユダヤ主義の名の下にイスラエル批判を規制しようとするこの大統領令の不条理さは、必ずしも明確に指摘されておらず、BDS運動への理解も不足している日本においては、この出来事が大局的に何を意味しているのかを理解している人はほとんどいないのではないかと思われる。

2005年7月、パレスチナの170以上の市民組織の呼びかけによって始まったBDS運動は、多くの人々の共感と支持を集め、オスロ合意以降、死に体にあったアラブ・ボイコットに代わる国際的なパレスチナ連帯運動の象徴となった。BDS運動が加速したのは、2008-9年のガザ攻撃のときで、オバマ政権の誕生もあって、時代が変わるかもしれないという期待が世界的に広がった時期であった。とりわけ、北米では「パレスチナにおける正義を求める学生たち」(SJP)のネットワークがBDS運動を主導し、2010年には80支部(現在は約200支部)が活動を展開していた。ゴールドストーン報告書(2009年)やパレスチナのオブザーバー国家資格認定(2012年)などを通じて、イスラエルの戦争犯罪が国際刑事裁判所で裁かれる可能性が現実味を帯びるようになり、また、入植地ビジネスに関わる機関・プロジェクトへの助成を禁じるガイドラインをEUが制定するなど、国際法の適用からパレスチナ問題を除外しない、というBDSの呼びかけが現実政治に影響を与え始めていた。もちろん、これらの動きは、イスラエルの度重なるガザ攻撃や入植地建設強行による「二国家解決」の挫折への危機感を背景とするものでもあった。

イスラエル政府が BDS 運動を「脅威」として捉え、本格的対策に乗り出すのは、こうした動向を踏まえてのことであった。とりわけ2010年代以降、BDS対策の中核的事業として位置づけられるようになったのが「法律戦」(lawfare)である。その際、最大限悪用されているのが、欧米各国における反ユダヤ主義や人種主義に対抗するための法律である。2009年9月にフランスのスーパーマーケットで行われたイスラエル・ボイコット運動に対し、2015年10月、同国の最高裁が、「人種憎悪を扇動した」廉で 12 名の活動家への罰金刑を確定させたことは、この種の法律戦の最初の成功例であった。この判決に大いに貢献したのが、反ユダヤ主義等、人種主義の処罰を定めた「1881年出版法」を特定国家に対するボイコット運動に適用することを求めた2010年2月の法務省令であった。

今回の大統領令が可能となったのも、2010年6月に国務省が、イスラエルロビーの働きかけによってすでにEUの一機関である欧州人種主義・排外主義監視センター(EUMC)が2005年に成文化していた「反ユダヤ主義の定義」を採用したことがあった。この「EUMC定義」が、2016年5月、米国を含む34か国が加盟する国際ホロコースト記憶アライアンス(IHRA)によってほぼそのまま採用されたのである。その後、この定義は、欧州議会(2017年6月)、英労働党(2018年9月)、仏下院(2019年12月)等によって次々と採択されている。

これらの動きと並行して、イスラエル国内においては、BDS支持者にペナルティを与えたり、海外の活動家の入国を拒否したりするための反BDS法(2011年7月および2017年3月)や「ユダヤ人国家法」(2018年7月)の制定が進められた。

なお、上述した通り、米国においては、表現の自由を侵害するという理由から、「反ユダヤ主義の定義」を利用したBDS規制に対しては強い抵抗があった。そのため、米国におけるこれまでの主な「法律戦」は、BDSを支持する組織・個人に対し、同盟国へのボイコット運動は「国益」に反するという論理で、公的助成や政府プロジェクトへの参加を禁じる反BDS立法が進められてきた。すでに過半数の州においてそうした趣旨の州法が可決されている。しかしこれらの法律では、州政府や連邦政府の助成を受けていない大学サークルの活動を規制することは困難であった。今回の大統領令は、BDS運動にかかわる学生団体の活動を容認している大学への助成や予算配分を止めるというものであり、結果的に各大学は、SJPの活動を規制せざるを得ないということになるのである。今後、この大統領令に対しては、「違憲訴訟」が闘われることになると考えられる。

以上、はなはだ不十分ではあるが、「反ユダヤ主義との闘いに関する大統領令」の政治的背景を概観した。最後に、おそらくこの件に関して最も根源的な問題について触れておきたい。それは、反ユダヤ主義とは一体何を指すのかということである。

2019年8月、トランプ大統領は、「(ユダヤ人が)民主党に投票すれば、ユダヤ民族とイスラエルへの忠誠心に欠けているということになる」と述べた。さらに大統領令署名の直前である12月7日にも、イスラエル・ロビー団体の集会で、「皆さんの多くは不動産業に携わっているが、民主党大統領候補のエリザベス・ウォーレンが選挙で勝てば、富裕税をもっていかれる」と警告した上で、「彼ら(ユダヤ人)はもっとイスラエルを愛するべきだ。なぜならあなたたちは、ユダヤ人であり、彼らはすばらしい民族だからだ。彼らはイスラエルを十分に愛していない」と主張した。

これらの発言において、ユダヤ人は「富豪」と一意的に結び付けられているだけでなく、イスラエルとも一体のものとされている。このような一面的・一枚岩的なユダヤ人像の描写こそ、典型的な反ユダヤ主義といえる。しかしながら、トランプの発言に対して、主要なユダヤ人組織は、強い批判を行わず、むしろ、反ユダヤ主義とは明確に一線を画し、普遍的な反人種主義の立場に立つBDS運動に「反ユダヤ主義」のラベルを張ることに精力を注いでいる。

現在、こうしたユダヤ人とイスラエルを一体のものとして表象することに最も熱心なのは、イスラエル国家自身に他ならない。そのイメージは、イスラエル企業の売り込みに利用されてもきた。イスラエルが、世界中のユダヤ人との一体性を強調し、同時にイスラエル企業の優秀さを宣伝するとき、「ユダヤ資本の世界支配」といった反ユダヤ主義が触発されることは免れ得ない。例えば、日本とイスラエルのビジネス提携を進めるスタートアップ企業Aniwoの創業者、寺田彼日氏は、「世界を動かす“ユダヤ人”創業企業」と題した記事で、「金融、政治の世界でプレゼンスの高いユダヤ人を仲間に招けば、強固なビジネスモデル構築、ロビイングにも強い影響力を発揮するだろう」と述べている。これはまさにトランプの反ユダヤ主義的ユダヤ人像と同一のものである。

こうしたシオニズムと反ユダヤ主義が一体となったユダヤ人像の拡散に最も批判的なのが、米国の若い世代の「プログレッシブズ」において急速に存在感を増しつつある反シオニスト・非シオニストのユダヤ人たちである。さらに彼/彼女らと連携するかたちで、黒人・ムスリム・移民・女性・LGBTなどマイノリティの運動において、「横の連帯」をめざす動きが広がっている。ソマリア出身の移民イルハン・オマルやパレスチナ系のラシーダ・トライブを連邦議員に押し上げたのは、まさにそうした草の根レベルにおける政治的変化である。シオニストによる反ユダヤ主義概念の恣意的な操作が、露骨さを増せば増すほど、「連帯の思想」は鍛えられ、変革への力を蓄えていくことになるであろう。

『ミフターフ』54号(パレスチナの平和を考える会、2020年1月)より転載。一部修正・加筆。

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